1章25話(1章完)

 最高司令官、ナイトウ・グンシは一人明りの無い部屋にいた。そこに並べられた12のディスプレイから発せられる明りで彼の表情が青白く染められる。
「ナイトウ司令官。今回の失態は何としても隠さなければならん。特にリオンレベル5の事が住民に知られれば、市民はもちろん兵士たちにも少なからず影響が出るだろう」
「はい。ですが、すでに非常事態宣言と共に多くの兵士たちを起用してしまいました。この状況を彼らになんと伝えればよろしいのですか?」
「ムラマサ達に出した任務は彼らにしか知られていない。彼らに釘を刺しておけば漏れることおあるまい。だが、三十二階層で起きたことは別だ。あれは史上初めて五十一階層まで敵の侵入を許した事から始まった……」
 ナイトウは彼らの意図が分かると、閉じた唇の下で歯ぎしりする。
「つまり、敵の侵入を許した責任を取る人間が必要ということですか」
「そうだ。五十一階層まで侵入したのはただのサクラロイドだった。それに後れを取った責任を誰かが被らねばなるまい」
 このディスプレイの先にいる12人の筋書きはこうだ。
 先日の三十二階層討伐作戦で潜入していたサクラロイド1体に気づかず、五十一階層まで侵入された挙句、その一体の撃破に戸惑っていたところを狙われた。ということにしたいのだろう。
「ナイトウ君。君にはそれなりの待遇を約束しよう。理解したのなら、その旨のバッチを置いてくれたまえ」
 これが十二家のやり方だ。前任の司令官もこうして辞めていったのだろう。前任者は確かにそれなりの待遇で平穏な生活をしているという。ここらが潮時なのかもしれない。
 そう思ったナイトウは静かに胸に止めたピンバッチを外すとこれ見よがしにディスプレイから見える位置に置く。
「短い間でしたが、お世話になりました」
すでに誰の姿も見えなくなっていたが、静かに敬礼すると部屋を去って行った。

 グラウンド・エデンの校舎に戻ったレンは、頭に巻いた包帯を気にしながら長い通路を歩く。
 その先には黒髪のロングヘアーを車いすに預け、呆然と窓の外を眺める少女の姿が見えた。彼女の真っ白な肌は青白く、やつれて見える。
「ユウリ? お前、大丈夫かよ?」
 レンが声を掛けると、彼女は車いすから上半身を投げ出してこちらを見てきた。レンの姿を確認するや否や目を丸くして驚く彼女。夜のスクリーンが映し出す月明かりが彼女の両目から光るものを照らしていた。
「ま、今はこっちの景色も悪くないかもな」
「は? なによそれ。無事なら無事で連絡くらいしてよね……」
 そう言ったユウリはゆっくりと手元のレバーで車いすを操作すると、こちらへ近づいてくる。普段の彼女と様子が違うことに気づいたレンは、少し緊張気味に彼女に歩み寄って行ったのだが。
 ユウリのすぐ隣を駆け抜けてきた小さな少女に抱きつかれて身動きが取れなくなってしまう。
「ハ、ハルカ? 無事だったんだなっ」
「はい。レン君のおかげでこの通りっ」
 ハルカが胸を張る。だがすぐに暗い表情になった。
「でもまさか。お兄様が私達を裏切っていたなんて……」
 そう言った彼女に掛ける言葉がみつからない。沈黙してしまったレンを気遣ったのか、彼女が笑う。
「でも本当に良かったですよ。レン君が死んじゃったかと思って心配してました」
 よく見るとハルカの目は真っ赤に充血している。彼を心配してくれて泣いていたのだろうか。彼女と最後に別れた時のことを思い出したレンは思わず顔を赤らめた。
「あー。そうか。俺、地上に出てからみんなと交信取れなくなったんだもんな」
 テレからはぐらかしたレンだったが、彼らの後ろでわなわなを体を震わせている少女に気づいていなかった。
「私だって心配したんだからっ」
 思わず大きな声で叫んだユウリの声が通路中に響き渡る。レンとハルカが驚いて彼女を見ていた。彼女には軽く引いているように映ったのだろうか。すぐに挙動不審になると
「いや、今のナシ。……まったく、無事なら無事で連絡しなさいよね」
 そっぽうを向くユウリだったが、その頬は真っ赤に染まっていた。それを見たハルカがクスクスと笑い始める。
「ユウリさん。そんなに恥ずかしがらないでください。正直なユウリさんも可愛いですよ」
「ちょっと、ハルカ。なんでこんな奴に私が恥ずかしがらなきゃいけないわけ――」
「まぁまぁ。今日は大変な1日だったんだ。ゆっくり休もうぜ」
 そう言ってレンはユウリの後ろに回り込むと、車イスを引いて歩き出す。その隣をハルカが付いてきた。
「ユウリ。お前、その……これからどうするんだ? 阿羅神ユウリになったわけだし、これからはお嬢様として生きるのか」
「そうね。私は先生になろうかしら」
「はい?」
 突拍子もないことを告げたユウリにレンは驚いたが、ハルカは目を輝かせる。
「いいですね。ユウリ先生。私も授業習いたかったです」
「ありがと。一応レベル3なわけだし、訓練学校の卒業したわけだからその資格はあるはずよね。少しでも戦場に行くみんなの力になれたらいいなと思って、ね」
「なるほど。レン君の力になりたいと」
「だからなぜそうなるのっ」
 車イスから上半身を起こして暴れるユウリを押さえたレンは、ハルカに尋ねた。
「ハルカはこのまま司令官に?」
「はい。私もその……少しでもお役にたてればと思って」
 「私も」と言うところをユウリが突っ込んだ。そんな二人を笑いながらレンは窓の外に映った偽物の夜空とそこに浮かぶ雲を見上げる。
「俺はもう1度地上を目指すよ。そして今度は3人で本物の夕陽を見よう」
 レンは自分に言い聞かせると1人、その雲に誓った。

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