1章24話

「全員。小隊を作って中央に集まるんだ。敵を外へ追い出せっ」
 ミサオ達の居る三十三階層では、先程まで押され気味だった戦況が嘘のように良い方向へと進んでいた。それもこれも1人のレベル5による偉業である。
 しかし当の本人は自分が犯したミスを引きずったまま。暴れる事で自分の中の苛立ちを発散しているにすぎなかった。
 ミサオは手にしたブレードで前方の敵を斬り割くと、そのまま百八十度旋回して後ろに迫った敵を撃ち抜く。天と地が逆さまになった世界で、ゆっくりと血が頭に昇るのを感じながらサクラロイドたちが撤退していくのが見えた。
「私は……また生き延びてしまった……のか」
 自分の運命を呪う。彼女はいままで多くの仲間の死を見てきた。そしてどうやら、これからもそれは続くようだ。
「さすがです、隊長。あのポンコツ共が隊長に恐れをなして逃げて行きましたなっ」
 彼女の傍に寄ってきた部下が彼女を誉め湛えてくれる。
「それは違うぞ。この勝利は今日失った多くの尊い命がもたらしたもの。決して私一人の戦果ではない」
 ミサオはそう言うと愛機≪パールバーティー≫を反転させて撤退していく。
「ヒューっ、さすが。隊長様はカッコいいねぇ」
「シビれるわよねぇー」
 部下たちの羨望の眼差しを浴びながらも、彼女は一人の少年のことだけを考えていた。
「レン。無事に帰ってこいよ……」

「お前がコレを責任もって破壊しておけよ」
 そう言ったムラマサはヘレナと共にミサイルから離れていく。そこにはレンを追ってきた新型のサクラロイド数十体がいた。
「気をつけてください。彼らはリオンさん級の力を持ってるはずです……」
「はぁ? リオンだとっ。丁度いい。これでちったぁ憂さ晴らしできるっ」
 あの機体は第1位をモデルにしている。それは絶望を意味するはずなのだが、なぜか喜んだムラマサは黄金色の機体を一気に加速させた。

 レンは彼らを置いて、そのままミサイルで上昇し続けた。そして再び地上へと飛び出していく。マツリによって打ち上げられたミサイルは徐々に速度を失い空中で静止する。
 このままではミサイルが元の位置に落下するだけ。それを阻止するため、オーディーンはミサイルと共に上昇を始めた。

 遠くには2羽のツバメが旋回するのが見える。先程は逃げるのが精いっぱいでしっかりと周囲を見ている余裕がなかったが、今は無限に広がる空を悠々と眺めることができた。そこにはグラウンド・エデンでは絶対に見ることのできない景色が広がっている。
「すげぇ、なんてきれいなんだ。これが夕暮れ……昼と夜の間」
 橙色に塗り染められた空をゆっくりと上昇していくレン。彼の顔を夕陽が赤く照らし出していた。
 いつのまにか、はるか遠くに存在していた雲が手に届くほどの距離である。いつか見たバーチャルではない、現実に存在するそれに向かってオーディーンはボロボロになった腕を伸ばした。

「アサギ・レンっ」
 周囲にいるスパイダーとしか交信できなくなった彼の機体に、割り込んできた男の声。
 下にいるムラマサでもエノシという少年でもない。この声は――
「リオンさん? 生きて……」
 レンが下を見下ろすと、遠くから半壊した黒い機体がこちらに向かっているのが見える。特にコックピット部分は激しく損傷しているが、そこに立つ男の姿がディスプレイに拡大されて表示された。
「アサギ・レン。何が正しいのか知りたければ、私を越えて行けっ!」
 レンの真下にやってきたリオンの操縦するルシファーは、急な角度をつけてこちらに上昇してくる。その手にはハンドガンが握りしめられていた。
 レンはそっとミサイルから手を離すと彼もハンドガンを装備する。僅かに燃料の残数に視線を向けて確認し、一気に急降下していった。

 燃料はもうほとんどそこを尽きている。警告ランプは点灯しっぱなしであり、もうグラウンドエデンまで持たないだろう。アクセル・ブーストが使えるかどうかも分からない。
「リオン。俺はあんたを倒す。そしていつの日かハルカ達と一緒に、もう一度地上の夕陽を見るんだっ!」
 オーディーンは頭部を地面に向けてブーストを全開にする。右手に握られたハンドガンを前に突き出すと、レンは叫ぶ。
「アクセル・ブースト!!」
 遠くに飛び立つ鳥も空を流れる雲も。世界のすべてが静止する中。たった2機と2人だけが同時に動いていた。おそらく残量から計算された今のオーディーンの速度は、最高速度から比べれば随分と遅い。おまけに地上は雑風が多く、それが障害となっているのだろう。
 けたたましく鳴り響くアラート音の中で、目の前の英雄と視線を交したレン。
 すぐさま2発の銃声が鳴り響いた。

 粉々になった時期の部品と共に空中に投げ出されたオーディーン。燃料が底を尽きたため、爆発はしなかったが、空中を漂った彼の機体はゆっくりと地面に降下を続けた。
 レンは自分で機体の向きを変える事も出来ず、ただ離れていく地上の空と黒い機体を眺めていた。
 その黒い機体であるルシファーは胸の中心から背中まで風穴を開けると、内部から炎に包まれている。一瞬、その炎の中から黒い影が見えたような気がしたが、拡大表示してくれるディスプレイの計器も損傷のためか作動しない。
 リオンが放った弾丸はレンのオーディーンに命中することはなかった。すれ違いざまに放った弾丸は彼のすぐ脇を反れていった。オーディーンが損傷したのは、むしろアクセル・ブースとによる風の障壁によるものだ。

 そして激しい爆発音と共に視界の全てが炎で包まれる。おそらくルシファーの弾丸が彼の背後にあったミサイルに命中したのだろう。
 レンは巻き込まれずに済んだが、リオンの乗ったルシファーは真っ赤に燃え広がる炎に包まれて姿が見えなくなった。
「終わった……のか」
 レンは煙をあげて落下するオーディーンに乗ったまま空中を下降していくと、再び山の頂から薄暗い地下へと落ちて行った。

 ヘーラの黒い機体は高速で旋回すると、新型のサクラロイドから逃げ回っていた。
「うっざいね。人の後ろをストーカーみたいにチョロチョロ追いかけまわしてさっ!」
 しかし、ヘレナの機体とサクラロイドの距離が徐々に縮まって行く。
「もうっ、しつこいっ」
 ヘレナは急に速度を落とすと振り向き様にライフルを撃ち放った。それを器用に横移動させて避けた敵を横から槍で串刺しにする者がいた。
「っち。ムラマサ、アンタに助けてもらわなくても私は勝ってたわよ」
「どうでもいい。しかしこの新型。かなりの性能だな。まぁ全滅させてやったが、な」
 ヘレナが周囲を見渡すと、敵のものと思われる残骸が残っている。そのうちの何体かは自分が倒したものだったが、ほとんどはこの男が一人で片付けてしまった。
「やっぱり腐っても第2位。バケモンね」
「それよりも、あの小僧はどうなったんだ? まさか失敗したって言わねぇよな?」
「うーん。あれ? 彼のポイントが表示されてないよ。ってことは……」
「死んだってことか。っち、めんどくせぇが後処理しにいくかっ」
 ムラマサとヘレナは上に向かって上昇を始めた。2人とも多くの戦場に参加してきたがこれほど上層まで昇ったことはかつてない。久しぶりに見られる地上への好奇心が彼らを掻き立てた。
 だが、実際には2人が地上に出る前に岩壁にいるオーディーンを発見することになるのだが。

 レンは片手だけで岩のヘリにしがみつくと、機体を腕だけで支えるような態勢を取っていた。
「ほぉ。貴様、一人前に指二本で機体を支えれたんだな……」
「はは……ミサオさんの地獄の訓練がこんなところで役立つとは思いませんでした」
 レンが挙げた名前が気に入らなかったのかムラマサは不機嫌そうに鼻で笑うと、レンの機体を支える。
「まぁいい。今回は貴様が英雄だ。誰にも何も評価されたりはしねぇがな。」
 その言葉にショボくれたレンを気にしたのかムラマサはさらに告げる。
「だが忘れんな。少なくとも同じ戦場にいた俺たちはお前の活躍を知っている。それだけじゃ不満か? 兵士ってのはそういうものだ。本当の事なんて誰にもわかりゃしねぇのさ。てめぇがその目で見たモノ。それだけが真実だ」
 レンはムラマサに担がれながらゆっくりと下降していく。
 彼の言葉を聴きながら、レンはリオンのことを考えていた。あの英雄は一体何を見たのだろうか。多くの者から慕われ、敬服されていた彼がどんな理由で裏切ったのだろうか。そもそも最初からサクラロイドのスパイとして人類に紛れ込んでいたのだろうか。
 レンはそこで首を振った。
 そんなはずはない。だとすればその妹であるハルカはどうなのだ。そもそも彼らは十二家の一つ、不知羽家の人間。簡単にスパイとしてすり替われるはずはない。彼が自分の意思で寝返ったとしか考えられなかった。
 もう考えるのはよそう。彼が言ったように、真実を知りたければ自分で見るしかない。そして手にしたいモノはこの両手で掴むしかない。

 レンは右腕をあげ、頭上に空いた穴から覗く空に向かって手を広げると、それを掴むように強く握りしめた。

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