1章23話

 思わぬ事態に遭遇したレンは、突然現れた味方の機体と敵の数の多さに驚く。そしてすぐさまその中心部に存在するミサイルが目に留まった。
「なんだよ……あれ。こんなところに落下ミサイル?」
 彼が目撃したそれは今まで見たことも無いサイズのものだった。形状からしてそれがミサイルだと分かったが、こんな場所にミサイルを放って一体なにがしたいのか。
 それを中心にドーナツ状に群がるサクラロイドたちから想像して、それが重要なものであることはなんとなくわかる。マヌケにも、彼らは周囲にいる味方のスパイダーに気を取られ、頭上から迫るレンの存在に気づいていないようだった。
 かくして、難なくミサイルに横付けしたレンに、サクラロイドたちから攻撃を向けられることはなかった。
 恐らくこのポイントで爆発させてもあまり意味がないのかもしれない。むしろ、このミサイルを半ばで爆発させてしまうことの方が問題のようだ。

『小僧。死んでもそいつから離れるなよっ!』
 味方の3機からそう言われたレンはゆっくりと目の前にあるミサイルに両手を擦りつけてみた。
 途端に背後で爆発が起こると、レンは体を跳ね上がらせる。恐らく味方の3人が敵の注意を逸らすために闘ってくれているのだろう。だとすれば、ゥ分はこのミサイル何とかして頭上に持っていかなくてはならない……。
 しかしこれは誤算だった。そもそも彼は追われて下に逃げてきたのだ。このままミサイルを担いで上に行けばあの集団と鉢合わせてしまう。
 が、彼のそんな状況を知ってか知らずか。彼の周囲で大乱闘を繰り広げている彼らは次々と敵を撃破している。
「す、すげぇ。この人たち。いったい何メなんだよ……。この数を前にして全然あきらめちゃいねぇっ」
 彼らの実力ならば、あるいは頭上からやってくる集団に立ち向かえるかもしれない。どちらにしろ、このままミサイルが爆発すれば誰一人として助からないだろう。

 レンは諦めると、ミサイルに抱き着くような格好になったゥ分の機体を客観視する。このままミサイルを逆方向に飛ばすには、まずは落下を止めなければならない。しがみついたゥ機を傾け、角度を変えようと試みる。
 だが一向に角度は変わらない。想像してた以上にミサイルの重量があるようだった。仕方がなく、レンは機体のブーストを使用する。空中にいる彼が力で捻じ曲げるにはこれ以外の方法はなかった。

 オーディーンの背中と脚部にあるブースターが噴ヒをあげると、レンはミサイルに力を加えていく。少しずつではあるが、次第にミサイルは軌道を変えていった。
「よっしゃあ。このまま勢いを殺して……って、うぎゃぁっ!」
 地面に姿を現したマグマに対して垂直に落下していたミサイルは、レンによって軌道が外れ、そのまま彼の背後にある岩の壁に向かって直進していた。
「痛てっ。イテテテテッ」
 岩を削るようにしてなおも下降を続けるミサイル。それにしがみついたオーディーンの背中が壁を抉っていた。
 背後の熱を感じながらも、レンはゥ機の両足を岩に擦りつけて勢いを殺す。
「と、止まりやがれぇっ」
 重力を無視して足で壁を抉るオーディーン。その両足からは火花が激しくまき散らしている。
 しかし、その速度は一向に衰えようとはしなかった。彼は手元に表ヲされた燃料系の残量を確認すると大声で叫んだ。
「アクセル・ブースト!」
 もはや風の計算などしている余裕もなかった。残りわずかになった燃料とすぐ間近に迫る危機に、彼は一か八かの賭けに出る。
 すぐさまオーディーンが彼に答えるように唸り声をあげて全ブーストを開放する。ミサイルをしっかりと握りしめていた右手が金属製の表面を抉りあげたが、爆発はしない。
 本来ならば、彼の機体は遥か先まで移動していたはずだが、今は足かせがある。実際にはほとんど上には上昇しなかった。その代りにミサイル速度を殺すことに成功させたレンは胸を撫で下ろした。

「で。これからどうすればいいんだ。速度を殺したからといって、このまま停止しているわけにもいかねぇし、な」
 レンは周囲を見渡す。周りを旋回する味方のスパイダーたちはどれも相当なタ力メらしく、確タに敵を殲滅している。それにしても数が多すぎた。この数を前にたった3機では勝機はなさそうだ。
「お前等っ。ずいぶんと待たせちまったぜ」
 突然、初めて見たパイロットがディスプレイに表ヲされる。青髪にピアスという恰好の少年はそのまま叫ぶ。
「全機ロックオンっ! アンファウンド・デストロイヤーっ」
 すぐさま、ミサイルv゙y裂するすさまじい音と光がレンを襲う。

 耳が使えなくなった状況で。唯一視界だけが彼の残された情報伝達手段だった。
 レンは粉塵で真っ白になった辺りに目を凝らす。撒きあがった煙の中から2機のスパイダーがこちらに姿を見せた。
「――おい。下等兵士っ! 聴いてんのか?」
 ようやく聴力が回復したレンが効いたのはムラマサの声だった。
「やるじゃん、キミ。今度お姉さんがデートしてやんよ」
 続いて彼に声を掛けてきたのはもう1機、ヘレナと呼ばれていた女性だ。彼らはレンの支えているミサイルに接近すると、彼と一緒になってミサイルを支える。
「え? あ……もう敵はいなくなったんですか?」
 辺りを確認すればわかるにもかかわらず、レンは間抜けなソ問をしてしまう。

「そ。君が頑張ったおかげで、ミサイルは爆発しないで済んだんだよ。英雄君」
「おいっ! それはマグマを突っ切ってやってきた挙句、一気に敵を殲滅させちまった俺様のことじゃねぇのかよっ」
 なぜかレンの真下にいるマツリとさらに下降にある岩場にいた青髪の少年が答えた。
「エノシ。てめぇは今まで安全なところにいたからこれでチャラだ。」
 ムラマサがそう言うと、エノシと呼ばれた青髪の少年はふてくされている。
「よっしゃあ。じゃあここはうちのソニック・パンチで、天井までぶっ飛ばしちゃうね」
「え……」
 レンは下にいるマツリが何を言っているのかよくわからなかったが、彼女が機体の左手をミサイルの先端に合わせ、右手を構えることに気づく。
「そ、そう言えば。この上にはまだたくさんのサクラロイドがいるんです。それも新型……レベル5級の奴らが」
「レベル5だぁ? ジョ−トーだよ。本物のレベル5の力を見せてやるっ」
 レンはそこでようやく彼らの正体に気づいた。彼の隣で機体に手をやる黒い機体は第4位のヘーラ。
 さらに彼の足元でパンチを繰り出そうとしている赤い機体は第5位のアテネ。おそらく岩場にいる青い機体は6位のポセイドンだろう。
 そして、ミサイルを挟んで向かい側に待機している黄金色の機体。リオンに次ぐ第2位、コードネーム≪ゼウス≫。その機体もパイロットもグラウンドエデンで最も有名だった。

「小僧。弾き飛ばされたくなかったら、必死でしがみついておけよっ」
「ちょっ、ちょっと。それってただのパンチなんじゃっ――」
 マツリの右手がミサイルに激突する。その丸みを帯びた先端がぐしゃぐしゃになったが、幸い爆発することはなかった。代わりにそれにしがみついていたレンの下腹に嫌な重みが走る。
 レンとムラマサ、ヘレナを乗せたミサイルは一気に上層へと飛び出して行った。


 機体を格納庫に停止させたユウリは、すぐさま駆けつけた看護師たちにハルカを引き渡すとぐったりとコックピットの座席にもたれ掛かった。これでもうゥ分のやるべき任務は終わった。もう平静を装う必要はない。
 もうあいつは戻ってこないんだ。レンと連絡が取れなくなってからどれだけ時間が経ったであろう。最後に彼と話したのはなんだったか。それを彼女は必死に思い出していた。
「ああ。助けられなくて、ごめん……だったね。私こそ……アンタより先にレベル3になったってのに。助けられなくて……ごめん」
 ユウリは動かなくなったゥ分の両足を抱きしめると大声をあげて泣いた。

 彼女のディスプレイから戦況を知らせる通信が行き交っていたが、今のユウリには関心がなかった。
「ミサオさん。どうしたらそんなに強くいられるんですか……」

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