1章22話

「クソったれがっ」
 ミサオは狭い地下トンネルから上を見上げて歯ぎしりしていた。その頭上は先程の砲弾でほとんどが塞がってしまっているが、僅かな隙間から光が零れている。
 そこを大勢の機体が過ぎ去って行くのが見えたのだ。

 彼女の乗るパール・バーティーは地上の一歩手前にいる。コックピットにいる彼女の隣では安堵して眠ってしまったハルカの姿もあった。
「本来なら……あいつの役目は私が負うべきだった。ハルカをあいつに預けて、私がおとりにならなければならなかったのに……」
 彼女は自分への怒りの気持ちで一杯になったが、自分のやるべき仕事を思い出すと、静かに機体を下降させて行く。
「私は自分が死ぬのを恐れたのか。情けない。いくら状況が分からなかったとはいえ、あいつがすぐに戻ってこない時点で地上へ乗り出すべきだった。そうすれば……こんなことにはならなかったかもしれないのに」
 いまさら後悔しても遅かったが、それもそう思わずにはいられない。自分よりも一回り近く若い少年に、自分たちの命を預ける形になってしまった自分を呪った。

 すぐにでも頭上にある岩を破壊して彼を救いに行きたいが、それをすればむざむざこちらの居場所を教えるようなものだ。それに、いくら彼女が参戦したところで結果は変わらないだろう。
 彼女は冷静に状況を分析すると、これが最も正しい手順だと判断し、機体を囲う方向に向けた。
「レンっ。私の教えを忘れるなよ……。どんなに無様でもいい。生きて帰ってこいっ!」
 彼女はそう言うと、元来た道を引き返し始めた。

「ミサオさんっ! レンは? あいつはどうなったんですか」
 ミサオの眼下に広がる戦場。その中心に位置する白い機体が視界に入ると、すぐにユウリから通信がきた。
 その白い壁城のような機体のパイロットが心配そうな表情をしている。手元のディスプレイに映った彼女にミサオは何も言えなかった。
 まさか上官である彼女が、部下を頬り出して逃げたなどと言えるわけがない。ミサオは小さく歯ぎしりすると、彼女に短く答えた。
「ハルカは無事だ。お前は彼女とグラウンド・エデンへ戻れ。ここは私が引き継ぐ……」
 無性に暴れたい気分だった。そんなことでは晴れないと分かっていたが、自分でもこの感情を抑えることができない。

 ユウリの周囲にいる敵機を蹴散らすと、アマテラスの前でコックプットを開く。向こうもすぐに応じてきた。
「いいか、ユウリ。この子はあいつが自分の命を懸けて守ったのだ。あいつの為にも絶対に死守するんだぞ」
 彼女がそう言うと、ユウリの瞳が小さく揺れるのに気付いたが、ミサオはあえてそれには口出ししなかった。
「正気を保てっ!」
 まるで自分に言い聞かせるように吠えたミサオはハルカをユウリに預けると、再び戦場へと視線を向ける。
「お前らっ! 今日はトコトン付き合ってもらうぞっ!!」
 ミサオのパール・バーティーは唸り声をあげて戦場へと飛び立っていった。

 その頃、レンはひたすら真っ直ぐ機体を走らせていた。どこかへ向かう先も無い。ただひたすら後ろから迫る群れを引き連れてミサオ達から離れる事だけを考えていたレンは、ここがどこだかわからなかった。
 一つだけ言えることは、ここはもうレンが地上へと昇ってきた場所からかなり遠くまできた。つまり、今ここで彼が力尽きたとしても彼女達の安全は守られたということだ。

 出来得る限りのことはやった。彼はあのリオンを倒したのだ。そして守りたかった少女を救うことができた。これ以上何を望むことがあるか。
 妙な達成感を味わった彼は、無限に広がる荒野をオーディーンと共に駆け回る。
「ありがとよ。相棒。正直まだあんまりお前のことをわかっちゃいねぇが、お前のおかげでここまでこれたんだ」
 レンは自分の機体を労うと無心で走り続けた。
 上空を見上げれば無限に広がる青空。彼が、いや人類がずっと望んでいた本物の空。機体を明るく照らし出す太陽が彼には眩しすぎて直視できない。

 あとは燃料が尽きるまでひたすら走り続けるのみ。限界までブースターを休ませたのち。機体を反転させて猛進する。勝てるとは全く思わないが、奇襲で何体かは道連れにできるだろう。
 そう彼が考えていた時だった。
「ズザァッ……ヘレナっ……敵が多すぎる……ズザァッ…………エノシの……ポイントにおびき寄せ……ズザァッ……」
「?」
 突然彼の機体が何かの通信を傍受したのだ。間違えなくそれは人間の声。もう二度と、誰の言葉も聞くことはできないと思っていたのに。
「ズザァッ……冗談でしょ? あいつら。ここら一帯を爆発させてグランドエデンを火の海にしようってのよ?」
「援軍の要請したほうがいいんじゃないかしら?」
「向こうは向こうで緊急事態なんだとよっ」
 その発信源に近づいたのだろうか。次第に通信がクリアになって行く。レンのディスプレイ上に3体の機体を現すポイントが点灯を始める。しかしかなり離れているようだ。そのポイントは時折点滅してロストを繰り返していた。
「なんだかわからねぇけど、味方の通信みたいだ。ってことは、彼らと合流すれば地下に戻ることが……できるのか?」
 1度は諦めたレンだったが、もう1度人間の声を聴いてしまった今となっては何としても生き延びたい。そう考えるようになっていた。

 平面上で見れば彼らの位置はさほど離れていない。にもかかわらず、ポイントが点滅するということは、相手は地下にいるということだ。
しかし辺りは山岳地帯。地下への入り口らしきものは見当たらなかった。
あるとすればそう。目の前に聳え立つあの巨大な山だ。

「ガキのころ。一度だけオヤジに連れて行ってもらったよな。あの山……」
 もう何年も忘れていた家族の記憶を思い出したレンは僅かな望みに掛ける。
「もし、この山のてっぺんから落ちてそこに味方がいなかったら、袋の鼠だよな……」
 レンはそう言ったが、もはやこれ以外の手段はなかった。意を決すると機体の硬度を上昇させる。
 そして山の頂上まで上り詰めると、機体を一変させて一気に下降態勢を取る。オーディーンの白銀の機体が暗く静かな穴の中へと突っ込んでいった。

 レンの下降する山の地下深くでは、大量のサクラロイドが飛び回っていた。その間を抜けるように3色の機体が猛スピードで旋回している。
「ったく。なによこの群れはっ! ゴキブリかよっ!」
「落ち着きなよ。ヘレナっ」
 レベル5であるムラマサ、ヘレナ、マツリの3名は黒々しい機体を睨みながらも確実に撃墜ポイントを稼いでいた。
「っち。どんだけいやがる。倒しても倒しても、きりがねぇぞ。 早くアレを破壊しなきゃなんねぇってのによぉ」
「ムラマサも落ち着きなって、うちらが冷静じゃなくちゃっ……キャンッ」
 そう言って2人をなだめていた赤紙の少女、マツリだったが、背後からの奇襲をもらってしまう。黒い煙を巻き上げる彼女の愛機、アテネ。
「おんどりゃあ。なに晒してくれんねんっ! このウジムシどもがぁっ!」
 怒声を上げた彼女は、手にした銃で自分に向かって攻撃してきたサクラロイドを撃ち抜いた。
「……マツリ。てめぇ、今俺達に吐いたセリフをもう忘れたのかよっ」
「やっぱり、ウジムシよりもゴキブリよ。あー気持ち悪いっ!」
 ヘレナはその後も「キモチ悪い」「キモチ悪いっ」と連呼しながら、手にした両手式のバズーカー砲で周りを敵を一掃する。
 しかし一向に数は減らない。彼ら3人は円柱状であるトンネルの縁をなぞるように旋回する。これは背後に敵を作らないようにすることで少しでも被害を減らす、対多数戦術の一つである。だが彼らの標的はこのトンネルの中心部にあった。無数に飛行するサクラロイドたちの核深部には筒状の巨大なミサイルが存在するのである。その大きさからして、爆発すれば彼らはもちろんのこと、その下にあるマグマが起爆して、彼らがやってきた通路を通してグラウンド・エデンの地下100階層に流れ込む危険性があるのだ。
 故に彼らはそのミサイルを破壊することなく、周りを群がる敵だけを破壊しているのだ。
 ゆっくりと下降し続けるミサイルと共に、サクラロイドの群れもムラマサ達も下降を続けていた。

「こんなの一体どうしろってのよっ」
「待て。なんか上空から近づく味方のマークがあるんだが……」
「冗談っ。この上は地上なのよ?味方なわけがないじゃん。どうせやられた機体を使ってゴキブリの追加注文が来ただけでしょっ」
「……それはそれで、絶望てきね……」
 黙り込んだ3機は静かに頭上から近づいてくる機体の様子を覗っていた。

「す、すみません。こちらコードネーム≪オーディーン≫っ! じょ、状況ぉっ……」
 突然通信に割り込んできた少年の声と共に、彼らの頭上から白銀の機体が降ってきた。
「おい。なんなのよ。あんたさぁっ」
「状況だぁ? 見りゃあ分かんだろうがっ。あの真ん中にあるミサイルを上に投げ返すのが俺らの任務だっつーの」
 白銀の機体はムラマサの言葉を理解したのか、そのまま敵の集団、その中心にあるミサイルに向かって突撃していった。
「おい。アンタ、ちょい待ちなっ。そいつを爆発させちまったら、グランドエデンはおしまいなんだよっ!」
 マツリの忠告を聞いたのか、オーディーンはミサイルの横に回り込むと並走する。
「あれ………ひょっとこさ。こいつら……上からの奇襲には無防備な陣形だったわけ?」
 あっさりとミサイルへの接近に成功してしまった思わぬ乱入者に一同は口を揃えた。
『小僧。死んでもそいつから離れるなよっ!』

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