1章21話

 オーディーンとルシファーが激しく激突する頃、地下三十二階層でも熾烈な戦いが幕を開けた。
「いいか。全兵士につぐ。これは訓練ではない。レベル3以上の者は全員戦場へ参加することとなる。この戦いに負ければ、我々に明日はないだろう」
 シンドウ総司令官が全体通信で各スパイダーにこう説している。その話を聴きながらも緊張を隠せずにいたタクマは、自身の華奢な訓練機の装備を確認していた。
「ちくしょう。レンの奴。この非常時にどこに行きやがったんだよ」
 彼が非常事態宣言で目を覚ました時にはすでに同室の友の姿はなく、一人混とんとした外の世界にいた。
 訳も分からずレベルを聴かれ、またわけもわからず訓練機に乗せられて今に至る。
「あの野郎。なにかやるときは一緒だって約束したじゃねぇかよ。裏切りモン」
 タクマが愚痴っていると、急に通信が割り込んできた。
「いちいち腐ってんじゃないの。私だってね。置いて行かれたんだからっ! 本当は一緒にハルカを助けたかったのに……」
 ユウリがそう言って窘めてきたが、後半なにかごにょごにょ言っているが、よく聞き取れない。
「とにかく! 私達にできることをやるのよっ」
「できることって。お前……スパイダーに乗ってんのか? 体は?」
「はっ。どうってことないわ。なんかパパが愚痴ぐち言ってたけど……」
「パパ? お前にそんな人いたっけ?」
 状況についていけてないタクマだったが、とにかくユウリも一緒らしい。知っている人間がいるだけでこんなにも心が落ち着くのか。そうタクマが安堵していると、
「とにかく。出撃するからっ! アンタはアタシのフォローお願いねっ」
「いや、フォローもなにも、全然状況がつかめないんですけどぉっ」
 訳も分からず頭上のハッチが開く。眩い光の先は地獄のような戦場だった。
 どうやらすでに上昇パネルに乗せられていたようだが、初めて線上に立った彼には何がなんだかわからない。
 行き交う弾幕に爆発する機体。その全てが彼の目の前で繰り広げられていた。
「やばい。こんなの無理。死ぬって、死ぬぅー」
 彼の目の前に飛んできた弾幕、しかし、それが命中する前に空中で破壊された。
「なにやってんの。……それにしても、こりゃあ劣勢ね。んじゃあ、ここから一気に反撃に出るとしますかっ」
 タクマが後ろを振り返ると、彼の2倍近い大きさの機体がすぐ後ろにいることに気づく。おっと驚いて後ずさるが、後ろは後ろでサクラロイドたちの攻撃が続いていた。
 彼の前に立つのは、背後に輪の付いた巨大なスパイダー。脚部がないことから固定式の機体だということが分かると、そこから無数の大砲が飛び出してきた。
「え?」
「とりあえず、どこに跳ぶかわからないから、そっちいったらごめんね」
「ええー。ごめんで済むかっ……って、めっちゃこっち来てるぅっ」
 タクマがしゃがむと撃ち出された砲弾が彼の背後に迫ったサクラロイドを粉砕していく。
「はっはー。見た? これがアマテラス、銃弾洗車モードの力よっ」
「お前……楽しそうだな。この人、さり気に戦闘狂キャラ全開なんですけどっ」
 のた打ち回るタクマ。

「やばっ! 接近されたっ」
 そう叫んだユウリのすぐ後ろに1体のサクラロイドが詰め寄る。移動することのできないアマテラスでは攻撃を躱すことはできない。
「とりゃあっ」
 タクマが訓練用のブレードを引っさげて飛び込んでいった。
「うぅー。無理っ」
 ブレードを相手の頭部に突きさし、頑張ったタクマだったがそのまま弾き飛ばされてしまう。
「ご苦労。私の盾としては十分だわよっ」
「ふざけんなっ! こっちは身を削ってんだぞ。訓練用のブレードじゃなきゃぶった切ってやったのにっ」
 そうタクマがぼやくのを他所に、周囲の敵を粉砕していくユウリだった。

 オーディーンの右椀部に突き刺さるブレード。だが切断されることはなかった。レンが至近距離で撃ち放ったハンドガンが相手のコックピットを粉砕したからだ。意図しない結果に思わずレンは叫ぶ。
「なっ。なんで、アンタ……こんな時に寸止めなんて格好つけてんだよっ」
「…………」
 彼の目の前に立ち尽くす頭部を失った黒い機体、ルシファーからは返事がない。その機体が握るブレードはレンの機体の右椀部を斬りつけているのだが、仮にこのままの軌道でぶった斬れたとしても、彼のいるコックピットを傷つけることはなかった。
 対して、レンの放った弾丸は真っ直ぐ相手のコックピットを目がけて放ったものである。どうしてそんな行動に出たのか彼に問いかけたが、残念ながら相手からの返事はない。
「ちくしょう。最後まで……アンタの行動はわけがわからねぇよっ。本気でやってれば、死んでたのは俺の方だっただろうがっ!」
 レンは自分の機体の椀部に突き刺さったまま残ったブレードを引き抜くと、操縦者を失った黒い機体に向かって叫んだ。

 ふいに故障したはずのディスプレイから通信が入る。罅割れて、映像は映し出されることはなかったが、明朗な少女の声がコックピット内に響いた。
「レンっ! ちゃんと生きてるでしょうね?」
「ユウリ……か?」
「よかった。……って、ちゃんとハルカちゃんを助けたんでしょうねっ」
 彼女の声にはひどい雑音が入っている。その後ろの音声からして、彼女が戦場にいることが分かった。
「ああ。ミサオさんに預けたから、たぶん無事だ。それより……お前。なんで戦ってるんだよ」
「足が使えなくったって、戦うことはできるわよ。まぁ……今回だけ、特別に参加してるだけだけどねっ」
 どうやら、彼女は本当に戦場にいるらしい。両足の使えない彼女が操縦するアマテラスも足が使えないはずなのだが……。
 レンはそこで思考を止める。目の前を何かが通過したのだ。もう標的であるルシファーは倒したはずなのだが。

「まずい。砲撃だっ」
 レンは叫ぶと同時にミサオに通信を繋げる。繋がるかもわからなかったが、階層の低いユウリに繋がったのだ。すぐ近くまで来ている彼女にだって繋がるはず。
「ミサオさんっ。ハルカを連れてすぐに引き返してくださいっ!」
 レンがそう叫ぶと同時に、彼の背後で爆発が起こった。彼の横を過ぎ去った砲弾が付近の地面に激突したのだった。

「っ。レンっ。上ではいったい何が起こっている?天井が崩れて塞がっちまったぞ?」
 ミサオの言葉にレンは胸を撫で下ろした。どうやら先程の砲弾は彼を逃がさないためのものだったようだ。
 グラウンド・エデンへ続く入り口は閉ざされた。それは同時にレンの退路を失うものであったが、これでミサオ達が狙われる可能性は少なくなった。
「よかった……俺が時間を稼いでいるうちに逃げてくださいっ」
「レン? あんた、何言ってるのよ?」
 まだ通信が繋がっていたユウリが横から割り込んできたが、彼は一言だけ呟いた。
「ユウリ。お前を守れなくてごめんなっ」
 それだけ言うと彼は通信を遮断する。ユウリはまだなにか言っていたようだが、これ以上は彼女の話を聴いていたくなかった。もし聴いていれば、心が折れてしまっていただろう。
 そして。彼は視界に映る黒い集団に目を向けた。
「よう。先輩。まさかあんたが量産タイプだとは思わなかったぜ……」
 それは絶望的な光景だった。先程まで苦労して一体を殲滅したばかりのルシファーと同型のものが目の前に列をなしているのだ。その集団が向かってくる。
「さすがに……これは逃げる気も起こらないぜ。だが、ミサオさん達を逃がすまでは……時間を稼がせてもらう」
 レンはそう言うと、機体を180度旋回させてその場から逃げ出した。

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