1章20話

「っち。あの馬鹿……。一端にアタシに指図しやがって」
 ミサオは笑みを零すと、機体の緩やかに速度を落とした。
 すぐ目の前にはこの長いトンネルの出口が見える。それが人類にとって本当の出口なのかもしれない。だが、今のミサオにはそこを超えるタイミングではなかった。ここから先へは自分一人ではなく、多くの仲間たちと向かう。次に来た時には必ずそうなっていると信じた彼女は、このギリギリの場所に踏みとどまると空中で静止した。

 屈強な緑の機体。その両手の中には1人の少女が収まっていた。彼女は心配そうに上を見上げている。その様子から特に大きな怪我も追っていないようだ。
「安心しろっ! 今度は救ったんだぞ。あとはお前が無事に戻るだけだっ!」
 ミサオは砂嵐となった通信相手の映像に向かってそう言うと、静かに彼の帰りを待つ。

 機体の砕け散る破片一つ一つが静止して見える。全てを捨ててなげうった渾身の一撃。
 レンの中に眠る全ての才能を出し尽くすつもりで挑んだ。死ぬかもしれないこの空間の中、レンの精神は壊れることなく、むしろより一層研ぎ澄まされていく。
 ルシファーがどんな攻撃を加えてきても、避けることなく全て受けきる。狙うはただ一つ。ハルカのいる右腕だけだ。
 黒い右椀部のみを視界に捉えたレンが直進していく。実際には彼のあまりの速さにルシファーは反撃する余地もなく、彼のソードによって右腕を斬り落ちされていた。
 ただ一つ、想定外だったのは、直進することだけ考えていた為、どうやって停止するかを考えていなかったことだ。見事に任務を達成したオーディーンはそのままルシファーに体当たりを加えると、地上への出口に向かって飛び出して行ってしまった。
 そして彼はまだ気づいていない。自分の両目が真っ赤に変色していることに。

 レンは目を覚ますとまばゆい光が彼を包み込んでいた。空は真っ白な雲が広がっている。
「ああ……ここは天国ってやつか……」
 額から血を流した彼は、割れたディスプレイから移る景色に見とれていた。無意識にコックピットのハッチを開けると、周りの景色を眺める。
 半壊し、煙を吹いたオーディーンの横たわる周りには緑豊かな高原が広がっている。ここは確か首都上空だったはず。サクラロイドによって街が破壊され、全てを失ってしまったと思っていたのだが。
 高層ビルの立ち並ぶ光景もロボットを製造する工場もここには見当たらない。あるのはのどかな風景だった。
「なんだよこれ……これじゃあまるで、本当の天国じゃねぇかよっ」
 どこからか鳥の囀りが聴こえてくる。そんな喉かな景色を損ねる物体が彼の前方に立っていた。
それは右腕を切断され、コックピット部分が消滅したルシファーだった。コックピットのあった場所からこちらを恨めしそうに睨むパイロットの姿が見える。
 両目は真っ赤に染まり、左肩を損傷したのだろうか中身が飛び出していた。
「悪いな、先輩。ハルカをアンタにやるわけにはいかねぇ。……それから、どうりでバケモノじみてると思ったぜ。まさか本当に人間じゃねぇとはなっ!」
 体から火花を散らした不知羽リオン。彼の右肩から千切れた配線がむき出しになっている。
「アサギ・レン。貴様は勘違いをしている。周りをよく見てみろ。お前達人間がいた頃と今と比べてどちらが正しいと思う? 人間と機械。どちらが地球にとって本当にいい支配者だと言えよう」
「あぁ。そういうことか。たしかに、この世界には驚いたよ。ここまで緑を再生させちまうなんてな。てっきりアンタらが地上を荒らしているもんだと思ったからさ」
 レンは改めて地上を見渡すと、目の前の男に視線を戻した。
「だからって、俺達を地下に追いやって言い訳はないだろ? それとな。支配者って考え方が気に入らねぇ。お前らがこんなことしなけりゃ俺達は共存していけたはずじゃないのか?」
「人間とロボットの共存か。それを先に破ったのはそちらだろう」
「サクラ・ナナキュウの地下移設か……確かにあれは俺達が間違っていた。どっかのハゲたオヤジが地下世界なんてのを考え出したせいでな。でも、もう十分だろう? あいつらだってこんな目に合えば、もううんざりして、地下にお前らを埋めるなんて言わないだろうしさ……」
 レンの言葉に、リオンは首を横に振って否定する。
「やはり貴様はガキだ。何もわかっていないようだな。そもそも、この人類地下移送計画。誰が考えたのか、考えてみたことはあるのか?」
「?」
 リオンの言葉の意味が分からなかった。人類を地下に追い詰めたのは他ならないサクラ・ナナキュウではないのか……。
「お前達が地下に埋められることで誰が得をする? 俺達のような地上との連絡を取れるスパイを囲って誰が得をする? それを考えれば、おのずと答えが出るだろう……」
「まさか……人間が意図的に地下に潜ったって言いたいのか? それをやって得をする奴らなんて……」
 リオンの乗ったルシファーがこちらに歩み寄ってくる。レンもすぐさまオーディーンを起動し、立ち上がった。
「もう少し、詳しく聞かせてもらいたいんだがな。それをやって得する奴らなんて、誰でもわかる。それを俺に教えたってことは……」
「ああ。生きて返すつもりはない。無論、下にいるパール・バーティーもな。俺はこの楽園でハルカと二人で生きていくっ」
 リオンはルシファーに巨大な大剣を装備させるとレンに詰め寄ってきた。
「やばいっ! ミサオさん、逃げろっ!」
 レンは砂嵐となった通信相手に向かって叫んだが返事がない。自分に向けて迫ってきた大剣に向かって短いソードをぶつける。
 華奢なオーディーンの腕ごともぎ取るかのような一撃で、後ろへと弾き飛ばされる。
「アクセル・ブーストっ」
 レンが叫ぶが機体は唸りを挙げるだけで一向に速度が上がらない。割れたディスプレイに表示されたメッセージに愕然とする。そこにはオーバーヒートと表示されていたのだ。
「やばい、やばいっ!このままじゃ、死ぬっ」
 レンは悲鳴をあげながら地上を逃げ回った。対するリオンのルシファーは半壊している割に、ブースターが使えるらしく、飛行しながら突っ込んでくる。
 歩行と飛行では圧倒的に速度が違いすぎた。簡単に捕まったオーディーンは手にしたソードで防御するほかない。
それも効果がなかった。リオンの大剣を前に軽々と弾き飛ばされてしまう。バランスを崩しながらも手にしたソードを構えるが、リオンの横凪で手元から零れ落ちていく。
「くそっ! こんなの反則だろうっ」
武器を失くしたオーディーンは後ろに跳びさがったが、そのまま臀部から地面に倒れ込んだ。止めと言わんばかりに上から大剣を振り翳すリオン。
「せっかく地上にまで来たんだ。こんな簡単にやられてたまるかよっ」
レンは持ち前の反射神経を活かし、飛び込んで来たリオンの足元下に転がり込むと間一髪攻撃を躱した。
 振り返る両者。レンの握ったハンドガン。リオンの手にした大剣が互いのコックピット直前で静止する。
「良い眼だ。アサギ・レン。さすがミサオが見惚れただけのことはある。その若さでレベル5の特徴である色眼に目覚めるとはな」
「何わけのわからねぇこと言ってやがるっ」
 レンは自分で気づいていなかったが、先程から彼の両目は真っ赤に変色しているのだ。
 それは蒼色に変色するミサオと同様、一定以上の力に目覚めたものだけに現れる特徴。レベル5の絶対条件だった。
「残念だ。同じ赤目を持つもの同士、仲良くやりたかったのだがな……」
「うっせぇよ。裏切りモンがっ! 俺は意地でもあいつを連れて帰るからなっ」
 オーディーンとルシファー。互いの攻撃が同時に炸裂する――

感想・読了宣言! 読んだの一言で結構です