1章19話

 どのくらい上昇したのだろうか。少し先を行く黒い機体と自分との距離が縮まらないことに苛立ちを覚えたレンは、さらに加速する。いつのまにか後ろにいたはずのミサオの姿がなくなっている。
 それもそのはず、レンのオーディーンは最速を謳っているだけのことはあって、ぶっちぎりの速さで飛行を続けているのだ。ミサオのパール・バーティーが付いてこれないのは仕方がない。むしろ、それでもなお自分の前方を走り続けているあの機体が異常なのだ。
「どうなってやがる。向こうもまだ加速してるのかよ……」
 互いの距離は縮まるどころか離れていっているのだ。ここ数年、こんな高度まで上昇した人間はいないだろう。現在の高さは地下7階層まで来ていた。
 あと数十メートルも上昇すれば地上にたどり着いてしまう。地上に行くことは長年の夢だったが、単機で向かえば返り討ちにあうのは目に見えていた。だからこそ早急に目の前の機体に追いつかなければならないのだ。

 レンは最高速度を維持したまま、ディスプレイの表示方法を変更する。途端に細い線が幾本も表示され波紋状に広がる。
 オーディーンにのみ装備されたエアーウェーブ・スコープモード。目に見えない風の壁を視覚化してくれるこの機能は、「アクセル・ブースト」を使用するために用意されたものだ。
 線と線の間隔から、一番風の影響を受けないポイントを探すと、レンは「アクセル・ブーストっ」と叫んだ。
 途端に視界が静止して見える。砕けた岩壁から落ちてきた石粒の1つ1つまで。そしてそれは目の前を走る黒い機体も同じだった。

 両肩に装備されたシールド状の装備が砕け散ったが、ついにレンは目的のターゲットに追いついたのだ。横並びになる2機のスパイダー。白と黒の2色が混じりあうと、火花を散らして互いに離れあった。

 バランスを崩しあった両機だったが、そのまま進む方向は変わらず上へと上昇していく。
 レンはオーディーンの持つ2つの武器の内の1つ。小さめのソードを取り出すと標的に狙いを定める。相変わらず敵機の右手に握られた彼女を傷付けずに勝利するには、あの右腕ごと切断するほかない。
互いの機体が近づいたり、離れたりと距離が定まらない中、レンのコックピット中にアラートが鳴り叫ぶ。
「なんだ? いったいどうしたってんだよ……」
「レン。前方にサクラロイドの集団が来てるぞっ!」
 割り込んできたミサオの通信で、上から迫っている敵に気づいたレンは、ルシファーとの距離を取った。
 2機の間を多数のサクラロイドが降下していく。だがレンには興味がないのか、彼らはこちらに危害を加えては来ない。
 どれほどの機体が彼の前を通過していっただろうか。10……20。それ以上の機体が横切って行くがレンには一切危害を加えてこないのだ。
「なんだこいつらっ……やる気がないなら早く行ってくれよ」
 レンが叫ぶとそれに反応したのか最後尾の3体が彼の頭上に落下してくる。丁度その3体のおかげで彼の前方のエアーウェーブが消えたことを確認したレンは迷わず叫んだ。
「アクセル・ブーストっ」
 1回の使用距離は上昇方向でおよそ10メートル程度。それを1秒に満たない時間で移動したオーディーンは3体の間に滑り込む。すぐさま2体が火花を散らして粉々に砕け散る。
 右手にソード、左手にハンドガンを手にした彼は、すれ違いざまに攻撃を放ったのだ。いかな完全制御されたサクラロイドでも、オーディーンのあまりの速さになにをされたかもわからなかっただろう。
 これがオーディーンの最速の戦い方だった。たった二つしかない武器。それも訓練機くらいでしか装備しないような貧弱な装備だった。ただし、ハンドガンは接近戦用に改良され、飛距離が無い分、威力を限界まで高めてある。ソードに至っては長さがない分斬撃性に優れていた。

 通過した残りの1体がこちらを見上げていたが、すぐさま爆発音が聴こえてくる。恐らく、レン達より少し下降にいるミサオの仕業だろう。今の音で彼女とのおおよその距離が把握できた。

 このまま並走するルシファーに攻撃を加えようと、狙いを定めたその時だった。
 一瞬、ディスプレイが全部白で埋め尽くされ、何も見えなくなる。すぐさま画面右上隅の方に暗視ゴーグルの解除が表示されると、再び画面がクリアになった。視界奥から差し込んだ光の理由に気づくのにそれほど時間がかからない。

 そう、あれは空だ。本物の。地上の空。そこにある太陽が照らし出した光線がこの薄暗いトンネルに差し掛かったのである。
 ついに地上まで来てしまったのだと感慨深くなっていたレンは口を開けたまま前方を見つめていた。
 ふいに衝撃が走る。反射的に横を見たレンは、隣を走るルシファーの左手に握られたライフルで自分がダメージを加えられたのだと悟ると、すぐに機体を旋回させた。
 怒号のようなライフル音が2発、3発と鳴り響く。間一髪でそれを避け続けるレン。剥き出しの岩肌が砕けレンの機体に降りかかってくるが、それでも円状に回避し続けたが、ついに機体の背中を岩壁に激突させてしまう。
 背中に強烈な痛みを伴いながらなおも逃げ惑うオーディーン。もともと最弱といわれるほど防御のない機体がみるみるうちに砕けていった。
「う、ううあぁっ……やばい、やばいっ! このまま逃げてちゃ撃ち落ちされる……」
 歯を食いしばり、僅かに下降方向をチラ見したレンは、ディスプレイに繋がりっぱなしの相手に向かって叫んだ。
「ミサオさんっ! 頼むから死んでもあいつを助けてやってくださいっ」

 レンはそう言うと、渾身の一声を叫ぶ。
「アクセル・ブースト!! 」
もはや風の障壁なんて関係ない。例えこの一撃で機体が粉々に砕けても構わない。その想いで一心不乱に風の中へ身を投げ出していった。

感想・読了宣言! 読んだの一言で結構です