1章16話

 翌日、運転席にレイア。助手席にレン。後部座席にハルカとアイリーン、クリスの三人が座る。一番後ろの荷台にユウリを寝かせたまま乗せたジープは傾斜の急な坂道を一気に駆け上がった。
 昨日夜中まで聴こえていた轟音が嘘のように静かになっていた。ひょっとすれば、どこかに身を潜めているだけなのかもしれないが、今はこのチャンスに賭けるしかない。

 空洞から飛び出したジープは全速力で走り出す。
 抜け出すとすぐに「っち」とレンは思わず舌打ちした。彼らを待ち構えるために停止していたサクラロイドの頭部が点灯すると同時に活動をはじめたのだ。

 レンはすぐさま窓からグレネード・ランチャーを構える。丁度レン側の方向からやってきたサクラロイドだったが、ジープを飛び越えて反対側に移動する。
「レン。俺に武器を貸してくれ」
 レンとは真逆の方向に移動したサクラロイドに、そちら側に座っていたクリスが手を出してきた。彼はグレネード・ランチャーを受け取ると窓を開け、銃身を外に出す。
 すぐさま衝撃でジープが僅かに横滑りするとともに、ミサイルが発射される。だが、サクラロイドの僅かに上を通過していった。
「玉数が少ねぇんだ。なるべくミスしないでくれよっ」
 レンがそう叫んだが、外れたミサイルは天井の岩肌に激突し、降り注いだ岩がサクラロイドに激突する。巨大な岩に押しつぶされるようにしてサクラロイドは地面に崩れた。
「お前……今の狙ったのか?」
「もちろん。ガキの頃から射撃は得意だったからな」
「浮かれてる場合じゃないわ。あれくらいで倒せる相手じゃないっ」
 レイアはそう叫ぶとアクセルをフルスロットルにしたまま、バックミラーを見上げる。鏡に映ったのは、態勢を立て直しているサクラロイドの姿だった。
「このまま一気に高速エレベーターへ行くわよっ」
 背後から詰め寄るドロイドを尻目に起伏の激しい荒野を突き抜けるジープ。下の階層にいる警備員がレン達のジープとその後ろに迫るサクラロイドに気づいたのであろう。施設にある防御用のバルカン砲がジープの後ろにいる敵に集中砲火する。
 レン達は援護をもらいながら間一髪のところでエレベーターへと滑り込んだ。

「はぁっ。はぁっ。助かった……のか?」
「このガキどもっ。俺達を騙したからそういう目にあうんだ」
 警備員にこってり搾られたレン達。その後、三十四階層にいたサクラロイドは駆けつけたミサオ達によって排除されたらしい。
 レンとレイアは軍の命令に背いて外出した罰として1週間の謹慎処分を言い渡された。クリスとアイリーンは拘束されそうになるが、ハルカが強権を発動させ、すぐに市民権が与えられたらしい。
 そして、ユウリは――

 レンは病院の廊下でそわそわしていた。今彼がいる廊下を抜ければ、ユウリが入院している病室がある。すぐにでもたどり着ける距離をレンは何度も行ったり来たりしていた。
 ようやく廊下のベンチに腰を落ち着かせた彼は、窓に映る外の景色を眺める。
「レン君。さっきから、なにをやってるんですか?」
 いきなり自分の名前を呼ばれ、挙動不審な動きを見せるレンをハルカが笑う。そして彼女は「まだユウリさんと面会してなかったんですか? 私はもう会ってきちゃいましたよ」といってレンの背中を無理やり押してきた。
 彼女に押されるがままに、とある病室の前までやって来くると、そこで最後の深呼吸をした。
「じゃあ、ごゆっくり」
 ハルカはそう言って去っていってしまう。レンは意を決すると病室の扉をノックする。
「どうぞ」
 
 レンが病室の扉を開けると、開いた窓が目に映った。白いレースが風に靡いている。そこから見える外の景色を眺める少女の横顔がそこにはあった。
「レン。ひさりぶり……」
 彼女はこちらに目を合わせようともせずに、だが来客が誰なのかは分かっている様だった。
「ユウリ。すまない……」
 レンは第一声として、彼女に言いたかった謝罪の言葉を述べた。ぎこちない言葉だったが、レンの真剣さが彼女には伝わっただろう。

「なにそれ。別に気にしてないわよ。そもそもアンタが来てくれなきゃ、私はあそこで死んでいたわけだし……」
 彼女はそこで一呼吸おくと、こちらに視線を向ける。さっきまで泣いていたのだろう。その目は赤く充血し、まぶたが晴れていた。
「ただ……もう二度とスパイダーには乗れなくなっちゃった」
 彼女は布団の上から自分の足をそっと撫でる。
「足のね……感覚がまったくないの。背中をヤラれたせいで、下半身の神経がキズついたんだって」
 残酷な結果だった。落下の際に背中を強打した彼女は背骨を折る重傷。さらに神経を傷つけ、下半身マヒとなってしまったのだ。
「今の技術なら、下半身を機械にゆだねれば、歩くことは出来るようになるだろう? それに、きっとスパイダーにだって……」
「機械の体になるのは嫌。それじゃあサクラロイドと同じになっちゃうわよ」
 もはや自分の体で歩くことは不可能なのだ。彼女もそれが分かっていてわがままを言っている。だからレンはそれ以上なにも言ってやることができなかった。

 静まり返る病室内に反して外が急に騒がしくなる。なんの騒ぎか知らないが、こちらの心情も考えやがれっ。レンは近づいてくる騒ぎの元凶に苛立ちを覚えた。
 だが、その騒ぎが彼女の病室の前で止まると、さすがに無関心ではいられない。すぐに病室の扉が乱暴にノックされる。
 レンは仕方がなく扉を開けようと近づいて行ったが、その前に向こうが勝手に扉を開けてしまった。
「アンタら、誰だよ……」
 レンは厳重な装備をした男達が中に入ってこようとするのを手で制する。黒いゴム製のウェットスーツの様なものに身を包んだ彼らは一様に同じ存在を見ているようだった。
 そして、彼らが一様に火器を手にしていることに気づくと、一歩後ろに下がった。
「どけっ。邪魔だ。」
 謎の武装集団の戦闘にいた男がレンを壁に押し飛ばす。レンはそのまま床に倒れ込んだが、まだ意識はある。このまま黙ってユウリに危害が及ぶのを見ているわけにはいかない。起き上がろうとするレンの前にその男が背中を向けた。
 レンがまだ動けることに気づいていないのか。敵に背を向けた男に対して反撃を企てようとした彼だったが、そこであることに気づく。
 大勢の同じ格好の集団がきれいに列を作って敬礼しているのだ。彼らの間をゆっくりと闊歩する男がいた。その男性は周りの同じような格好とは違い、スーツ姿だった。皺ひとつないその服装はもちろん、それを着こなす男性からも高貴な雰囲気が漂っている。
 さらに、その胸元には蓮が描かれたバッチが光っている。その紋章を身に付けられるのは只一族のみ。『十二家』最大の勢力を誇る阿羅神家の一族だけが許されるものだった。
 レンも実際にそれを目にするのは初めてだ。訓練学校で使用する教材に書かれた資料で見たモノとよく似ている。それが同一だという保証はないし、万が一そうだとしても、どうしてこんなところに阿羅神家当主がやってくるというのだ。
 その答えは、すぐにその男性が明かしてくれた。
「無事でよかった。娘よ……」
「ム、ムスメぇっ!」

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