1章14話

 レン達を乗せたジープは荒野を走り抜けると1つの施設へたどり着いた。
 すぐさま警備員が出てくると、彼らの手にした赤い線状の光でこちらに来るように促される。
「上層へ向かう許可はあるのか?」
 警備員の一人が運転席の横にやってくると、ぶっきら棒な口調で尋ねてくる。
「いえ。急な任務で正式な手続きを踏んでいませんの。でも私がここにいることで証明にはなりませんか?」
 後部座席から身を乗り出したハルカがその警備員に答えたが、彼は最初、彼女がなにを言っているのかわからなかったようだ。すぐにハルカの胸元に光るバッチに気づくと、最敬礼を始める。
「失礼しましたっ。すぐに準備いたしますので」
 男は車を前に発信するように促してくる。レイアは所定の位置まで車を走らせた。
「おいおい。すごいな。さすがは司官候補生」
「というよりも、彼女のもう一つのバッチ、『不知羽』の紋章が効いたんでしょう」
 レイアは態度を一変してニコニコと笑顔を振りまいてこちらにやってくる警備員を車内から見つめると、毒を吐く。
「世の中、権力には逆らえないもの」
 歩み寄ってきた警備員が運転席側に近づくと、彼女は愛想笑いを浮かべて答えた。
「この高速エレベーターで三十三階層まで行けるのかしら?」
「申し訳ありません。三十三階層は先の戦闘で設備が破損してしまっております。三十四階層まででしたらお運びできますが……」
 レイアは頷くと「じゃあそれで」と言って笑顔を振りまく。彼女に気を良くしたのか警備員は駆け足で施設の中へと入って行った。
 その場所からこのエレベーターを操作することができるのであろう。操作といっても行き先の階層を選択するだけなのだが。
 レンは手にかいた汗を拭うと緊張から解放される。ここで警備員に騒がれると大ごとになってしまう。ハルカのおかげでなんとか無事に済みそうだ。そうレンが考えていた時、突然施設から呼び鈴の音が聴こえてきた。
「まずいですね。指令室の誰かに気づかれたのかもしれません」
 ハルカの声にも緊張が走っていた。3人は施設の窓から見える警備員の姿を凝視する。彼は自分が見られていることに気づいたのか、ニコニコと笑みを浮かべた。
「おいっ。おやじ……頼むから早く操作してくれよっ」
 レンはその警備員にイラつきながら声を荒げる。
「しっ。どうやらあのおじさん。電話より前に操作をしてくれるようですよ」
 ハルカがそう言うと、ジープの乗ったエレベーターが駆動を始める音が聴こえてきた。そして、警備員は鳴りっぱなしの電話機に近づくと、応答する。
「まずいな。間に合うか?」
 そう言ったレンの隣に座るレイアはハンドルの下で何やら準備を始めていた。彼女の足元を覗き込むと、そこには小型のハンドガンが握られていたのだ。
「万が一、バレた時はこの施設を乗っ取るのよっ」
「まじっすか」
 レンはこのお嬢様風なレイアの意外な一面を垣間見ると、足元に置いたグレネード・ランチャーの安全装置を解除する。
 そしてゆっくりと視界が上昇していく。窓から見える警備員の男性がこちらを見上げていたが、すでにエレベーターは加速を始めていた。
「なんとか、間に合ったわね。もうあの人にも止められないわっ」
 レイアが安堵すると、エレベーターは最高速度で上昇していった。

 三十四階層に滑り込んだエレベーターが停止する。すぐさまジープが走り出すと同時に今度はエレベーターが下降を始めようとする。
「あの警備員。エレベーターを下げさせるつもりだなっ」
 レンがそう言ったが、すでにレイアはアクセルを全開まで踏み込んでいる。タイヤの滑る音の後、車が猛スピードで走り始めた。

 前輪がエレベーターから降りると同時に下降を始めると、後輪がとリア部分を地面に擦るような形で何とかこの階層に留まることができた。
「あっぶねぇ。このまま帰らされたらたまったものじゃなかったぜ。あいつら……追いかけてくるかな」
「それは無いでしょ。なんの訓練も受けていない素人が、こんな危険な階にまで来れるはずもないわっ」
 レンの不安を一蹴したレイアは、そのまま運転を始めた。三十四階層も相も変わらず荒れ果てた荒野が続いている。天井も床と同じで岩岩がむき出しの状態となっており、整備されていない土地だということが良くわかる。
「これが……グランド・エデンの外なのですね」
 ハルカが好奇心を剥き出しにして、窓を開けると外に顔を出す。
「これが本当の風。とても気持ちいいです」
「ハルカ。あんまり顔を出すと危ないぞっ」
 レンは彼女に注意すると同時に心を和ませた。そんな彼の横顔が気に入らなかったのか、レイアが告げ口する。
「ハルカちゃん。男ってのは獣よ。こういう下心見え見えの男はまだ安全かもしれないけど、気をつけてねっ」
「?」
 レイアの言葉の意味がわからなかったのか、ハルカが首を傾げていたが、レンはすぐさまそれを否定する。
「違っ。俺は別に下心なんて出してねぇよっ! ほんとに危ないから忠告しただけでっ」
「――そうね。ここはグランド・エデンから追放された無法者の世界。スラム街なのよ。気を引き締めないといきなり襲撃される恐れがあるわっ」
 レンの言葉を遮るようにして言ったレイアのハンドルを握る手には、ハンドガンが握られたままだった。彼女に警戒するよう言われたレンも辺りを見渡すが、見晴らしの良いこの場所で、隠れている人影も見当たらない。

「レン。あそこを見てっ」
「?」
 レイアが突然自分の名前を呼ぶ。いきなり呼び捨てだったことに少しばかり気にはなったが、それどころではなかった。遠く離れた向こう側に、天井が崩れて落ちている場所が見えたのだ。ここからでは上の様子は見えないが、おそらく三十三階層に繋がっているものと思われる。
「あそこの上がB−27エリアになるわ」
「B−27。ユウリが落ちて行った場所だっ」
 レイアが指さしたカーナビの場所には確かに「B−27」と表示されている。3人はとりあえずその場所へ向かってみることにした。

 レンは手にしたグレネードを片手に窓の外を眺めていた。先程までは辺り一面に広がる荒野だったが、今は違う。肌理の粗い岩の中、空洞状になった場所を走っていた。長い年月をかけて岩が砕け、こういった形を作り出したのだろう。自然が作った道を走るジープは安定した速度で進んでいた。
「レイアさん。もう少しスピードあげてもいいんじゃないでしょうか」
 普段ミサオの運転に馴れているハルカがそう言って尋ねたが、「道がどうなっているかわからないし、どこかにユウリがいるかもしれないわよ」と答える。
 確かにこの中のどこかにユウリがいるのかもしれない。しかし、これを全部捜索するのは、かなり骨の折れる作業だ。

「どこかに一度車を停めて休んではどうですか? レイアさんもずっと運転しっぱなしで疲れたでしょう? その間に俺が辺りを捜索してみますんで」
 そう提案したレンだったが、彼女は首を左右に振ると、そのまま運転を続けた。
「こんな場所で降りてはダメよ。ここはスラム街。サクラロイド以外にも脅威はあるのよっ」
 確かにあの警備員がいた階層より上は、グランド・エデンが管理していない無法地帯。正確には市民権が与えられず、強制的に追放された人々が住むこの区域をスラム街と表現していた。
 あの「サクラ・ナナキュウ」が世界を支配して以来、親や身内を亡くした人々の多くはここに連れて行かれた。中には自分達のような普通に人間もいたのかもしれない。
 レンやユウリは運が良かった。そう思うと、レンはスラム街の人間を悪く思うことは出来ない。ただし、ハルカやレイアのようなお嬢様からすれば、彼らは野蛮な蛮族のように思っているのかもしれない。

 突然視界が暗くなると、レンは隣で運転するレイアの方を見た。ヘッドライトの故障だろうか。こんな暗闇でライトもつけずに運転するのは自殺行為だ。
「今の見た?」
「?」
「ええ。私も見ましたよ。なにかが動くものがありましたね……」
 レンは他事を考えていたのでその動くものを見てはいなかったが、後ろの席に座るハルカもそれを見たようだ。
「スラムの人たちか?」
 レンがそう尋ねたが、レイアは彼には答えず近くの岩場の影に車を停車させる。そして彼女は何気なくシフトレバーをバックに入れると後退する準備を始めた。
「レン。グレネードの準備を……ハルカちゃんは頭を低くしていてっ」
 事態がつかめずにいたレンの動きが一瞬鈍る。だが、すぐさま車が後ろ向きにもう発進した。
「まずい。見つかったっ」
 レイアがそう叫ぶと、いきなり車のヘッドライトを点灯させる。暗闇でレンには何も見えていなかったが、その明かりの先に巨大なサクラロイドの姿を捉えると息を飲みこんだ。
「っ。なんで、サクラロイドがっ」
「知らないわよっ! 残党でしょ。上の階層にいる部隊に知らせないと……」
 レイアはレンの座るシートのヘッド部分に手を置くと、後ろを向きながら、器用に岩岩を躱して進む。だが、サクラロイドはそれ以上の速さで岩を削りながらこちらに詰め寄って来ていた。「レンっ! なにやってんの。早くグレネードをっ」
 レイアに即されると、助手席の窓を全開にして身を乗り出したレンはグレネードを構えた。彼らのすぐ目の前に迫ったサクラロイドは、今まさにこちらに長い爪を突き立てようとしている。

 すさまじい轟音と衝撃、そして煙を吐き出したレンのグレネード。ランチャーはそこから4つのミサイルを飛ばす。至近距離で放ったそれらがサクラロイドに命中することはなかった。
「やばいっ、はずれたっ! 標的敵がミサイルを飛び越えやがった」
「っ」
 上空へと高く飛躍したサクラロイドは、天井のある車からでは視認できない。だが、その行動は容易に想像できる。きっとこの車を上から押しつぶすつもりだろう。レイアは勢いよくハンドルを横に切った。
 レン達を乗せたジープは急ハンドルで左に曲がるとそのまま樹海のようになった巨大な岩の空洞に収まる。案の定目の前に落ちてきたサクラロイドはすさまじい地響きを立てて、こちらに追いかけてくる。
 バックのまま空洞の中に納まった車は傾斜になっているらしく、運転席が天を仰ぐ様な形で進む。レンは視界に迫っているサクラロイドを捉えると、すぐさま助手席から身を投げ出し、再びグレネードを放つ。
 奇跡的なことに今度のミサイルはサクラロイドの顔面を捉えた。狭い空洞の中に上半身を潜り込ませる格好となったサクラロイドにはそれを避ける術はなかったのだろう。だが、サクラロイドはそのまま動きを止めずにこちらに迫ってきていた。
「やべぇな。あいつ、グレネードをまともにくらったのにびくともしねぇっ」
「このまま逃げ切るしかないわっ」
 レイアは後ろ向きに走るジープを器用に操作すると、幾何学的なデザインの空洞の中を器用に運転する。
 幸い、この空洞の大きさではサクラロイドが入ることはできないらしく、頭部を岩に激突して動きを止めたサクラロイドはこちらに向かって手を突き出してくるが、こちらにまでは届かないようだ。
 ジープが突然加速を始める。奥の方はさらに斜面が急だったようだ。レイアが一生懸命ブレーキを踏んでいるが速度が落ちない。
「まずいね。止まらないよぉっ」
「くっ。その辺の壁に激突させるんだっ」
 レンがそう叫ぶとジープは窪みでバウンドし、岩壁をかすめる。それだけでは勢いを殺しきれず、テールランプの破片をまき散らしたまま方向を曲げた自車は別の壁に激突して停車した。

「がぁっ! 痛ってぇっ」
 レンが車から身を放り出すと、すぐに後部座席のハルカの様子を覗う。目を閉じたまま動かない彼女は頭から血を流して気を失っているようだ。
 とりあえず、彼女を抱き上げるとその場から離れる。すぐに運転席にいるレイアの救助に向かおうとしたレンの動きが止まった。彼に銃口を向ける者がいたからだ。
「動くなっ! 妙なマネをしてみろ。容赦しねぇぞっ」

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