1章13話

 レンは通路の端に蹲り、大勢の兵士、訓練生が忙しなく動いているのをただ茫然と眺めていた。誰が掛けてくれたのか毛布にくるまれた彼は、それでもガタガタと全身を震わせていた。
 寒い。とても寒かった。この震えはそれの所為なのか、それとも恐怖。

 結果的には三十二階層制圧作戦は成功していた。あの後、駆けつけたスパイダーの部隊によりミサオもレンも救出されたのだ。あの階層からサクラロイドの群れを追い出した彼らはまた一つ、自分達の生活区域を広げることに成功していた。

 何故かわからないが、この窮地を救ったのが彼ということになっているらしい。おかげでにこやかに笑った女性看護師が『英雄さん』と言って手厚い保護をしてくれる。だが、今のレンにとってみればそんなこともどうでもよかった。ここにユウリの姿はなかったのだ。

 レンの元に歩み寄ってくる人影が見えた。レンは虚ろな瞳をそちらに向け、近づいて来た人物が誰か理解したが、それでも心ここに有らずに変わりはない。
「よう。お疲れさんっ」
 そう言ってレンを労った人物はいきなり彼の胸倉を掴みあげた。
「だから言っただろ。力のないものが戦場にでるなと。覚悟もないやつが戦場に出てくるなっ」
 それはミサオだった。彼女はレンの右頬を思いっきり叩いた。戦場に出る前に彼女に殴られたことに思えば、今回のビンタなど対して痛くはないはずなのに。レンにとっては今まで受けた中で最も痛い攻撃だった。

 相変わらず虚ろな目をしているレンを睨んだ彼女はそれ以上彼になにを言っても意味はないと察したのか、彼の身体を壁に押し当て、掴んだ胸倉の手を離した。
「今、捜索部隊が彼女を全力で探している。だが、三十三階層はめちゃくちゃらしい。ひょっとするともっと下……スラム階層まで落っこちちまったかもしれねぇんだとさっ」
 そうレンに教えてくれた彼女は歩いて立ち去ろうとする。そこに見知らぬ兵士たちが呼び止める。
「パール・バーティー。……少しだけいいか?」
 彼らは小声で会話するがすぐにミサオが小さく声を漏らす。その表情からは血の気が引いていた。何かあったことは明白だ。すぐにミサオはその兵士と共にどこかへと立ち去って行ってしまう。

「アサギ・レン……で、良かったかしら?」
 またしても自分を呼ぶ人間がいる。このまま放っておいて欲しかったが、そうしてはくれないらしい。見ると金髪の長い髪を靡かせた品のある顔立ちの女性がこちらに近づいて来た。透き通る肌、落ち着いた派手じゃないピアスなどの装飾品を身に付けた彼女が自分に声を掛けてきたようだ。普段ならレンが大喜びしてもおかしくない容姿の持ち主に、心ときめかない自分がいることに気づく。
「いきなり声を掛けてしまって申し訳なかったですわ。それと、ごめんなさい。私があの時戦場で逃げたりしなければ、ユウリは助かったのかも……」
 それはレイア先輩だった。訓練学校でも一、二を争う人気と史上最速でレベル4にあがったことで有名な彼女は、その美しい容姿を崩し、泣きながらレンにあやまってきたのだ。
「先輩が悪いんわけじゃないですよ。悪いのは俺です。……俺に彼女を救う力がなかった」
 彼女にそう言ってやると、レイアは泣き崩れてしまった。彼にもう少し勇気があれば、頭の一つでも撫でてやれたかもしれない。
「大丈夫です。あいつは生きてますよっ」
 レンは自分に言い聞かせるようレイアにそう言うと、彼女は目元を拭い、笑みを浮かべた。
「そうね。絶対に私が救出してみせるわ」
「? 捜索部隊じゃなくても探しに行けるのですか?」
 基本的にスパイダーは軍が管理している。指示がなければ勝手に持ち出すことはできないはずだが。
「スラム街なら車で行くことができるわ」
「冗談でしょ? あんな危険な場所に、レイア先輩みたいな人が行ってはダメだ。俺が行きます」
「君、車持ってるの?」
「いえ……それ以前に免許も持ってません」
 スパイダーの免許は持ってるくせに、車の免許もないなんて。レンは自分で言って自分が恥ずかしくなる。
「今すぐは無理だけど、今日の夜。彼女の捜索に旅立つわ。……その、もしよかったら、ついてきてくれる?」
「行かせてくださいっ。あいつが……ユウリが助かる可能性が少しでも増えるなら、俺はなんだってやります」
 レンが真剣な表情を向けると、レイアが泣きはらした目を瞑ってにっこりと笑った。動き出せずにいた自分の中に希望が生まれたのか、今度は彼女の表情に頬が熱くなった。

「レン君。無事でよかった」
 いきなりそう叫ぶ少女の声で我に返ったレン。すぐに横から強い衝撃が走った。
 痛みで顔を顰めた彼は、自分の胸に跳びこんできたハルカを必死で支える。彼女はすでに泣きじゃくっていた。
「無茶しないで。もう、こんな思いをするのは嫌だよ」
 そう言うハルカに、レンは指で頬を擦りながら恥ずかしそうに言う。
「すまねぇ。そうだハルカ。お前なら警備をごまかすことができるよな」
「?」
 目を真っ赤にして不思議そうな表情で見上げる彼女に、レイアと話していたことを説明する。
「そう。レイアさんとユウリさん探しに行くんですね……。たしかに司官候補生の私がいれば、夜間の検問くらいなら突破できると思いますが」
「頼む。力を貸してくれっ。警備を抜けたらすぐに車内から降ろすから――」
「駄目です」
「?」
「私もいっしょに連れて行ってくれなければ、手は貸しませんよ。……もともと今回の作戦を指揮していたのは私ですから。直接戦場に行って、自分の失態を目に焼き付けておきたいです」
 いくらなんでもそれは只の無断逃亡ですむ話ではない。彼女の家の特別な事情を考慮すると、重い処罰が掛けられるだろう。
「大丈夫です。私が責任をとりますから。連れて行ってください」
 そう言って頼むハルカに、レンはレイアの方をちら見するが「レン君が決めてかまいませんよ」といって逆に判断を仰がれてしまう。
「お願い。私を連れて行ってください。私がいれば夜とは言わず、今すぐにも出発できます」
「い、今すぐ?」
 ユウリを救い出すにはすぐにでも動いた方がいい。そんなことは分かりきっていた。
「わかった。行こう。あいつを救い出しにっ」
 そう言って決意を固めたレン達の元に近づいてくる人物。それは煤で黒く汚れた白衣に身を包んだ見知らぬ女性だった。薄いフレームのメガネを掛けたその女性は自分達より少し年上に見えたが、それでも20代前半くらいだろうか。その頬にも黒ずんだ汚れがある。
 彼女はレンと目を合うとにっこりと笑ってこちらに手をあげてきた。
「?」
「きみがアサギ・レン君だね?」
「そうですけど……って、この声は」
 レンはその女性の声に聴き覚えがある。というよりもつい先ほどまでその人物と会話をしていた記憶がある。だが、彼女は目の前にいるレンよりもまず周りの女性に自己紹介する。
「はじめまして。私はサクラ・アンナ。ご存じだと思うけど、『サクラ・ナナキュウ』の生みの親。サクラ・ケイジの娘です」
「サクラ……」
 ハルカとレイアは同時に呟き、そして口を閉じた。どちらも思っていることは同じだろう。
 この人の父御親がこの世界を。あの悪魔を創造した人物なのだ。
「サクラさん、すみません。……その、あの機体を破損させてしまいました」
「大丈夫。今機体を回収してきたから。すぐに修理させてもらいますよ。……もともと廃棄処分される運命だったあの機体に、君が命を吹き込んでくれたのです。私がつきっきりで看病しますよ」
 看病とはまるで人間に対するような言い方だ。研究者とは、自分が開発したモノを我が子のように思えるのだろうか。レンは妙なところに関心していたが、サクラの言葉が話を続ける。
「安全水準の件もこちらで対処しておこう。検査団体の目をごまかして無理やり水準を越えられるようにするよ」
 そう言った彼女は「これから忙しくなるぞ」と言って意気込みを見せたが、近くにいたハルカが肩を震わせていたことにこの場の誰も気付けなかった。

「あ、あなたは……あなたのお父様が発明したものがこの世界を歪めてしまったというのに、それでも懲りずに危険なものを作っているのですか? ましてやレン君が乗る機体に、そんな水準を下回るような危険な乗り物に乗せるなんてっ」
「ぬぉっ。御嬢さん。いきなり不機嫌にならないでくださいよ。私はね……父が作ったあのAIを破壊するために、スパイダー開発に力を入れているのです。知らないかもしれませんが、今レベル5の機体は全て私と私の師匠によって作られているのですよっ」
 ハルカの正面からの睨みに、サクラは真っ向から挑む。さすがに年上の余裕というやつなのだろうか。サクラはまったく彼女に敵対しせずに笑顔で答えた。
 そして意外なことに、レベル5の機体を開発したのがこのサクラという研究者だったのだ。ということは、あのシヴァやパールバーティーの生みの親ということになる。
「アマテラスの破損も酷いようだし、君には酷な話かもしれないけど、あの機体なら次のパイロットもすぐに決まるだろうね。早く初期化しておかないと――」
「サクラさん、その必要はないです。あいつは絶対に生きてますからっ。必ずユウリを連れて帰ってきます」
 レンは「失礼」と言ってサクラの横を通り過ぎる。彼は自分でも気づかないうちに怖い表情をしていたようだ。サクラを始めとしてその場にいた3人が氷付く中、ゆっくりと闊歩すると自分の宿舎へと戻って行った。

「きゅーんっ。愛ですね。あの鬼気迫った表情。あれは滅多やたらにできませんよっ」
 そう言ったサクラの言葉を耳に、ハルカは空虚な瞳で小さくなっていく彼の背中を見つめた。

 三十三階層。三十二階層の1つ下の階も上と同じで荒れ果てた荒野だった。白肌の岩岩に背中を預けるように白い機体が置かれている。
 細身のボディーに棒状のウィング。軽量型だが、火力不足を補うために高エネルギーカノン等を装備したそれは、おそらく全ての機体で最速。上空を自由に駆け回り、詰め寄ったサクラロイドを翻弄する。
 そんな勇士を思い出していたミサオは、目の前の動かなくなった機体を見下ろして無言になった。
「パール・バーティー隊長。辺りには生存者は見つかっておりません」
「そうか……」
「これって、いったいどういうことでしょう?」
 若い兵士の報告にミサオは一度も顔を向けず、目の前の惨状を見つめていた。そこにある白い機体の頭部は抉り取られ、剥き出しになったコックピットには乾燥して茶黒くなった血がこびり付いているのがここからでも見える。
「分かりきってるだろう。最強のレベル5。コードネーム『シヴァ』。不知羽リオンが戦死したと上に報告しろ」
 ミサオがそう言うと、若い兵士は緊張した声で「了解しました」と言って立ち去る。そのまま機体を見つめたままの彼女は、血塗られたシートを見つめたまま呟いた。
「古き友よ。疲れたかい? 今は安らかに眠ってくれ」
 ミサオは後ろを向くと、もうそれ以降は振り返ることはなかった。
「あの時三十三階層で、いったい何があったのか――調査する必要があるな。もしもあいつでも敵わない相手がいるとなると……状況はかなり厳しくなるぞ」
 愛機、パール・バーティーに乗り込んだミサオは、そのまま機体を走らせた。

 自室に戻ったレンに同室のタクマが詰め寄せてくる。
「おまえ今までどこに行ってたんだよ。ユウリが大変なことになってんだぞ」
「そうだな……」
 レンはタクマの言葉を聞き流しながらも身支度を始める。
「おまえなにを考えてる? 何処へ行くつもりだよ」
「すまない。今は話せないんだ……」

「そうかい。何かあったってことは明白なのに。俺には頼ってくれねぇんだなっ」
 簡単に身支度を済ませたレンはもう一度「すまない」と言って部屋を出る。彼が閉めた扉にガッという激しい音が聞こえてきた。おそらく、自分だけ蚊帳の外だったタクマが物を投げつけたのであろう。
 それを無視したレンは足早に廊下を歩き出した。おそらく彼は今まで心配をしてくれていたのだろう。それを思うと親友に悪いと思ったが、これからレンがやろうとしていることを教えれば、きっとあいつはついてきてくれるに違いない。
 レンは自分が招いた厄介ごとに彼を巻き込まないとして口を閉ざしていたのだった。

 今日は月がきれいだな。レンは夜空のスクリーンに浮かぶ光を見上げながら思う。それも何百パターンもある映像の内の一つにすぎなかった。過去に幾度となく表示されていただろう作られた夜空だったが、妙に新鮮な感覚だった。
 ただ、今の時刻は午後7時。まだ夜という時間でもなかったが、夕陽のような映像はここにはない。今日に限って言えば、それが好都合だった。

「遅くなって、すみません」
 すでに宿舎裏に止めてあったジープに近寄るとレイアの姿を確認したレンは彼女に言う。
「準備が終わりました。ハルカは?」
「まだ用意が済んでいないのでしょう……それよりもこれ、使い方わかりますか?」
 そう言ってレイアが差し出してきたのは筒状の品だった。
「グレネード・ランチャーですね。訓練で習いました。よくこんなの手に入りましたね」
「一応私、レベル4ですからね。武器庫の所在地を把握してます。盗むのに手間取りましたけどっ」
 月明かりの元。レイアの美しい横顔が浮かんでいたが、幻想的な彼女の手から渡される現実的なそれがミスマッチしていた。
「このジープ。レイアさんのですか?」
「ええ。正確には先日戦死した部下の形見みたいなものですわ」
 さらりと答えたレイアにレンのほうが滅入ってしまう。確かに似合わなそうな車である。彼女に似合いそうなのはどちらかといえばオープンカーだろうか。
 そう言えば、ミサオさんが乗っていた車は彼女に良く似合っていたなぁ。レンがそんなことを考えていると、突然後部座席のドアが開かれる。思わず、手にしたグレネード・ランチャーを身構えたレンは登場してきた小さな少女に向けたそれを下ろす。
「ごめんなさい。遅くなってしまいました」
「いや、ごめん。俺の方こそ、てっきり寮監かと思って……」
「どちらにせよ。人に向かって使う代物ではないわ。ただ、その強力な武器があの完全制御されたサクラロイドに当たるとも思えないし……当たっても牽制する程度のダメージにしかならないわ。要は敵に見つかったら終わりよ……」
 レイアは苛立つような目をレンに向けてそう言う。しかし妙な話だ。これからレン達が向かう先は三十三階層よりも下の階層。一応人類の領土となっているその辺りにサクラロイドがいるはずはない。
「さっきね。嫌な話を耳にしたの。三十三階層を守っていた部隊が全滅していたって……一応今は別の部隊が引き継いでいるそうだけど、どこかに残党が潜んでいてもおかしくはないわ」
 なにも聞かされていなかったレンには衝撃の事実だった。あそこにいるのは部隊の中でも特に優秀な先鋭部隊がいたはずだ。それが全滅させられたということは……。

 レンは後ろの席に座ったハルカの方に顔を向ける。彼女は引き吊った表情をしていた。無理もない、その先鋭部隊を率いているのは、あの最強のレベル5、不知羽リオンなのだ。
「ハルカ……おまえのお兄さんは無事なのか?」
「わかりません。ですがあの時、兄は指令室にいましたし。その後ユウリさんたちを助けに向かって……それからの足取りはわかりませんけど……たぶん、大丈夫だと思います」
「そうだよな。あの人がそんな簡単にやられるわけないよなっ」
 レンはハルカを励まそうとそう言ったが、彼女は見た目以上にたくましかった。レイアの「もしお兄さんが心配ならここで降りても構いませんわよ」という質問に即答で答えたのだ。
「大丈夫です。このまま出発しましょう。兄がたとえ無事でなかったとしても、今はユウリさんを捜索するほうが大事ですからっ」
 彼女のその答えを聴いたレイアは、すぐにアクセルを踏み込む。タイヤの摩擦音を響く中、車が発進した。

「いきなり私達が全員召集させられるなんて、いったいなんの騒ぎかしら」
「全員ではないな。リオンとミサオの姿が見えないぜっ」
 先に口を開いたのはブロンドの髪を指先でつまむ仕草をしながら、そう口に出して言っては見たもののたいして興味がなさそうな少女。それに対して答えたほうは淡い水色に髪を染めた少年だった。
「どうでもいいな。3位が招集命令を無視しようが、作戦に支障はない」
「作戦って次の任務? 私、彼氏と予定があるんだけど……まさか、今すぐに出発するわけじゃないわよね?」
「てめえの予定なんざ知った話じゃねぇっての。腐ってもレベル5なんだからいつでも死ねる覚悟くらいしておけよっ」
「死ぬって大袈裟な。嫌だよ、私。まだ楽しいこといっぱいしたいんだからっ」
 続いて会話を始めたのは黒髪の少年と赤い髪の少女。彼らは全員レベル5。数いるスパイダーの中でも最強と言われる6人のうちの4人だった。それぞれが所有する部隊はいづれも最強の先鋭部隊である。
「とりあえず、私語は慎んでもらおうか?」
「――で。うわさに聞いたんだけど、三十三階層の部隊がやられたって?」
「嘘っ。1位様は何をやってやがったのかしらね。何のための最終防衛ラインなのよ」
「……らしいな」
「あーあ。ミサオ先輩みたいに私もフケればよかったよっ」
 総司令官シンドウが私語をやめるように言っても彼らの会話は留まることをしらないようだ。自分よりも二回りは若いこの少年少女達を黙らせるにはどうしたらいいものかと悩む。
「シヴァは死んだ」
 シンドウではなく、黒髪の少年がそう告げると他の3人が口を閉じる。意外なことに彼らは驚くわけでも悲しむわけでもなく、互いに睨み合うような喧騒とした空気を作り始めたのだ。
「へぇ。あのリオンが、ね」
 金髪の少女は不敵に笑うと、テーブルに頬杖を始める。その胸元から豊満な谷間ができあがったが、正面に座る黒髪の少年は面白くなさそうに舌打ちした。
「っち。まぁ分かってるとは思うが、今後は第2位の俺の言うことを聴いてもらうぞ」
 そう言った直後、その場にいた全員が殺気立つ。黒髪の少年は動じることなく話を続ける。
「だってしょうがねぇじゃねぇか。実力的に言って、この中で俺が一番強ぇんだからよっ」
「ムラマサ。てめぇ、ふざけんなよっ。アタシのヘラがアンタなんかに負けると思うわけ? マツリもそう思うでしょ?」
「冗談。ムラマサのゼウスはともかく、へレナのどす黒い機体がウチのアテナに敵うわけないでしょ。ってか、順当にいってムラマサがリーダーでいいじゃん、早く帰りたいし……ねぇエノシ」
「実力対決にゃあ、興味ないぜっ! どれだけ敵を殲滅できるかで言ったら俺の要塞、ポセイドンが一番だろっ」
「まぁアンタの機体はスピードが劣るからねぇ、直接対決は不利だわね……」

「おまえら、いいかげんにしろっ!」
 勝手に話を始める彼らに、シンドウが怒鳴る。
「おお、怖っ。これだから中年は嫌ぁね。どうせ、『十二家』の命令をウチらに伝達するだけのイヌのくせにっ」
 好き放題言われた司令官は限界まで来ていたが、それでもなんとか怒りを納めると、彼らに命令を告げる。
「これからお前達には下に降りてもらう。臨時リーダーとしてムラマサを主柱に、4機とそれぞれの部隊を合わせた連合部隊で挑んでもらうことになる……」

「ちょっと、冗談でしょ? ウチはこれから彼氏と会うって言ってんじゃん」
「なんでアタシがこいつのいうこと聞かないといけないのよっ」
「連合……下に降りるとはどういう意味だ?」
「たくさん敵を殲滅できるならどうでもいいけどなっ」
 それぞれが同時に話すことで、会話が入り乱れていた。シンドウはその一つ一つに答えることをあきらめたのか、一気に話しはじめる。
「まず、ムラマサが言った通り、シヴァは消息不明。おそらく戦死したものと思われる。その原因はミサオに後を引き継がせて調査中だ。そして君たちにはある任務を行ってもらいたい――」

「あのおっさんの言うこと、どう思う?」
「さぁ? 「十二家」が自分の身、可愛さにあんな任務を要求してんだろ? どうせ、ガセだろう」
「確かに、信憑性の薄い話だったぜ。そもそもあいつらにそんな知性があんのか?」
「それより、ミサオ先輩だけずるい。私のリオンの後釜やってれば、グラウンド・エデンに残れたのに。そしたら彼氏と遊べたのになぁ」
「だったら、その愛おしい彼氏を一緒に連れて行きなよ。すぐに情けない姿を見て興味がなくなるわっ」
「うっさいわね。この金髪、インラン女はっ」
「あぁんっ」

 4人は長い廊下を歩きながら会話する。
 黒髪の少年の名はムラマサ。第2位のコードネーム≪ゼウス≫。
 金髪のスレンダーな少女はヘレナ。第4位のコードネーム≪ヘーラ≫
 ヘレナに赤い髪を引っ張られている小柄な少女はマツリ。第5位のコードネーム≪アテネ≫。
 そして水色の髪に鼻ピアスを開けた少年はエノシ。第6位のコードネーム≪ポセイドン≫。

 彼らはいずれも10代にして、最強の兵士となった強者だ。訓練学校で上位5名であり、古くから軍隊として活躍する大人たちを軽々と凌駕する実力の持ち主たち。
「いいか。任務開始は今から1時間後、部隊の招集をかけておけよっ」
 ムラマサがそう言うと、それぞれが別々の方向へと別れて行った。

 彼らが言い渡された任務はグランド・エデン最下部である100階層。住人の裕福度合によって住む階層の分かれるこの世界に置いて、階層は一種のステータスだった。つまり、最下層に住むことを許されるのは『12家』を含めたわずかな富裕者のみ。
 最も安全とされる100階層だったが、そこまで地下深くにもなると、空気の薄さが懸念される。そこでこの階層のみ特別な通気口を用意することで不足した空気を補っているのだが、その通気口の先はとある山の火山口に繋がっているのだそうだ。そして、休火山であるその火山口でサクラロイドが何かを企んでいるという。
 万が一、噴火でもすればグランド・エデンは上からだけでなく、下からの脅威にも晒されてしまう危険があるのだ。
 シンドウはそう言っていたが、実際には真っ先に危険な場所となるのが最下部の100階層、つまり「十二家」の住んでいる階層ということが問題なのだろう。だが、それも全て推測にすぎない。
「っち。くだらねぇ。ただでさえ、先日の戦争で上からの脅威に晒されてんのに、そんな場所にレベル5を4人も派遣するとはな。これに乗じて上から猛攻撃を受ければ、ミサオ達だけでは押さえられねぇ。間違いなくグランド・エデンは崩壊するぞっ」
 ムラマサはツンツンに立てた髪をかきあげると、つまらなさそうに呟いた。

感想・読了宣言! 読んだの一言で結構です