1章9話

 一人、長い廊下を抜けたアキラは、開かれたエントランスにいた。その中央には大きな階段。1階にも無数の部屋が存在している。

――どうせ全員皆殺しにしてやるんだ。どこに奴らがいようが関係ねぇっ!

 アキラは、正面にある階段に向かって歩き始める。しかし、その階段の上から不気味な女の笑い声と、一人の男性プレーヤーが姿を現す。

「先に謝罪する。あの少女に対して我が僕たちがした、下種な行為については詫びよう。
 だが、それ以上この屋敷の奥へと踏み込むのならば、拙者は容赦しない」
 自分のことを拙者と言ったこの男は、発音からしても日本人だと分かる。
「なんで、アンタみたいな日本人が、『紅蓮魔道会』に所属してんだ!?」

 男はそれに対しては答えなかった。アキラは彼の頭上に注目する。
 そこには、プレイヤーを表す緑の文字で≪オボロ≫と書かれていた。
 アキラが以前、クエストのランキングを確認した際に、1位のリオンに告ぐ2位のプレイヤーが≪オボロ≫だったはずだ。

 アキラは男の腰に注目する。そこには身の丈ほどはあろうかという長身の日本刀が2本くくりつけられている。現代的なジーパンに茶色いジャケット姿の彼は、その服装よりも和装の方が似合うといった雰囲気を醸し出していた。

「きゃははっ。お前、あの女の男かい?ちょっとばかり助けに来るのが遅かったようだね。
 そんで、彼女の敵討ちにでも来たのかしら?」
 
 アキラは、オボロの背後に姿を見せた女を睨み付けた。しかし、相手がすぐさま黄色の瞳に変色していくのを見ると、目をそらす。
 そう、その女こそが『紅蓮魔道会』の最高権力者、マオ・リンだったのだ。
 リズから彼女と目を合わせてはならないと教えられていた。

「お前には、この男は倒せないわよ?
 あんたの国の有名なサムライなんだから……ねっ」
「?……サムライ?」
 アキラは首を傾げた。遠い昔、日本にはサムライという職業があったそうだ。彼らは剣客と呼ばれ、剣の道を極めた達人たち。
 今の世みたいに金ではなく、力が権力を持った時代の生き物。そうアキラは学校で教えられた。その彼女が言うサムライとは、その侍のことなのだろうか。

「そのプレイヤーは宮本武蔵っていうんだよ」
「は?」
 アキラは間抜けな声を上げると、宿敵であるマオに聴きかえした。
「そいつはね。彼の遺品に残されていた遺伝子から造りだした人格データ。歴史上名を馳せた剣士。その人なんだよ!」
「つまり、実在するプレイヤーでもなければ、システムが作ったNPCでもない。仮想人格プレイヤーなのか?」
 
 アキラも歴史上の人物の遺伝子情報を元に、その人格データを疑似的に造りだした架空のプレイヤーがゲームの世界に存在するという話を聴いたことがあった。そういったキャラクターをVPP(バーチャル・パーソナル・プレイヤー)というそうだ。ただし、実際にそのプレイヤーを見たのははじめてである。

「そういうこと。お前の国の強い強いおサムライさんに、現代の軟弱なガキが敵うわけがないだろう?」
 邪悪な笑みを浮かべたマオは、オボロの背後から姿を消した。
「私を倒したいのなら、そのサムライを倒してみな。
 ……お前も、剣士のようだしな。憧れの剣客と闘えるんだ。私に感謝しろよっ」

 日本の歴史史上、彼ほど有名な剣客も少ないだろう。その実力は試してみるまでも無い。だが、アキラに勝算がないわけでもなかった。最強の剣客と言っても所詮、過去の人物。現代の武器にどうやって対抗するのか。
 アキラは、左手に持った『ソード・フィッシュ』を強く握りしめた。

「できることなら、同じ郷の未来人に刀を抜きたくはない。
 拙者は武人である。せめて、お主がそれに見合うだけの実力者であって欲しいのだが……」
 
 アキラは剣を構えた。
「ああ。安心しろよ。ゲームの世界じゃ、アンタよりも強いかもなっ」
 そう言い放った彼は、畏れ多くも≪オボロ≫に向かって走り始めた。

「ぬおああああっ」
 掛け声高く、勇敢にもオボロとの距離を縮めたアキラは、彼に対して剣を振り翳す――
 だが、先にダメージを負ったのはアキラだった。

「あ?」

 傷を負った彼自身も何が起きたのか分からなかった。
 横向きに剣を振ったアキラだったが、その剣が30度も進まぬうちに、切り崩されたのだ。 
 彼のいた階段の中段から転げ落ちるアキラ。

 全身の痛みよりも、自分のHP残量の方が気になる。
 彼のHPは30%程削り取られていた。まだ余力はある。しかし、何をされたのかもわからなかったアキラは、それ以上むやみに近寄ることはできなかった。

「少年よ。あんまり拙者を落胆させんでくれよっ!」

 「実力はだいたいわかった」そうつぶやいた彼は一気に階段を下ると、アキラから1メートルほど離れた距離に立つ。
「拙者をこの場所から動かしてみよっ。そうすれば、我が党首に会わせてやろうじゃないか。
 加えて一刀流という枷も加えてやるっ」
 
 二本の刀を持ったオボロ本来の先頭スタイルは両手剣の二刀流。だが、アキラ相手にはそれすら必要ないと宣言したのだった。

「馬鹿にすんじゃねぇよっ!」
「身の程を知らぬお主に、相手をしてやるだけありがたく思ってもらいたいな。
 感情に任せて、力いっぱいに刀を振り回すだけでは話にならんぞっ!」
 
 怒るアキラに対し、冷静なオボロは鞘から刀を取り出すと、真っ直ぐ正中線上に刃を構えた。長身の刀を馴れた手つきで扱うその様子は、本物の侍だった。

 対するアキラも左手に持っていた『ソード・フィッシュ』をコートの内ポケットにしまう。剣1本となった彼は両手でそれを構える。

 互いに相手の殺気を黄泉会う2人――
一時の静寂が訪れた。

 剣の達人同士の死闘は一瞬で決まるという。
 この時もまた、僅か一達で勝敗が決したのだった。

 先に動いたのは、アキラだった。しびれを切らした彼は、真正面から最短距離に一撃を放つ。剣道の面のように、上から下へと剣を振り下ろした。
 アキラの剣が、オボロの刀のすぐ横を通過する。超高速で撃ち放ったその一太刀を、オボロは横から軽く弾く。軌道を逸らされたアキラの剣は、目標を大きく外す。
 そして、バランスの崩れた彼の頭上に、強烈な一閃が振り下ろされた。長い刀が恐ろしい速さでこちらに向かってくる。
 その全てがスローモーションだった。アキラはバランスの崩した剣を引き戻すと、なんとか自分と迫りくる刀の間に構え直した。

 だが、オボロの一撃には、そんなことは関係なかった。
 両手で支えたその剣もろとも、アキラの切り刻んだのだ。

「ぐあっ」

 短い声を漏らしたアキラ。彼の両腕が地面に転がった。
 オボロは宣言通り、その場を一歩も動かずにアキラの両腕だけを切り落とすという神業を繰り出したのだった。

 アキラのHPはまだ残っていた。アキラ自身もまだ戦える。
 しかし、両腕を失った彼にはそれ以上どうすることもできない。

「同郷の好だ。今回は見逃してやる。
 さっさとこの場から消え失せろっ!!」

 身の程を知ったアキラは、奥歯を噛みしめた。
「殺せっ!友を失ったこんなゲーム。もう二度とやらねぇっ
 あんたになら、殺されてもかまわん」
「逃げるのか?小僧。
――それもいいだろう。だが、何れ後悔するぞ?
 もっと腕を上げて出直してこいっ」

 生き恥をさらした彼は、しばらく考えたのち、その場を立ち去った。

――俺を生かしたことを後悔させてやるっ。
 1週間後、『紅蓮魔道会』の崩壊と共に、アンタは俺が倒す――

 その後1週間。アキラとユウナはゲームの世界を去った。

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