1章7話

 そして運命の日、早朝から中国人都市『シャンハイ』の富豪地区に2人の男たちが降り立った。
 彼らは白いマンションの中へと入る。1流ホテルのような豪華なエントランスを抜け、とある扉の前で立ち止まる。
 黒服のスーツ姿の男がその扉の鍵を差し込むと、ゆっくりと錠を外す。
 ガチリという鍵の開く音を確認すると、一気に扉を開け放った。

 その瞬間、耳を劈くような炸裂音と強靭な爆風が押し寄せてきた。
 2人の男達はすぐさま横に回避する。武道の達人のような身のこなしで難を逃れた彼らだったが、HPバーを表す緑の線がわずかに抉り取られる。
 幸い、火災に放っていないようだが、非常ベルが鳴り響く。他の部屋の住人達が何事かと顔を出してきた。
「お騒がせして済まない。俺達は『紅蓮魔道会』のモンだ。
 皆さんの治安維持の為、あるテロリストを追っている。個々が奴らのアジトだった……
 もう脅威はないからみんな部屋に戻れ」
 彼らは慣れた口ぶりで、出まかせを言う。住人達にはその真相はわからないが、それでもいうことを聴くしかなかった。今や『紅蓮魔道会』といえば、このあたりの住人はそれだけで静まり返る。だれも、彼らに逆らおうというものはいなかった。

 黒スーツの男がポケットから煙草を取り出すと、火をつける。
 その足で、たった今爆風の発生源となった部屋の中へと入っていった。

 部屋の中は、持ち主が大事に飾っていたのであろう絵画や花瓶といった美術品、それから大量の銃器が無残に散乱していた。彼は入り口に置いてあった地雷の破片と思われるそれを足で払いのけた。その地雷に設置してあったワイヤーと今彼らが入ってきた変形した扉は繋がっており、払いのけられた拍子で扉が外れて地面に転がる。

「っち。気に食わないな。中の美術品を守るためなら、わざわざこんな仕掛け……用意しないだろっ?あの女はわざわざは自分の家に入る度にこの仕掛けを外してたのか?」
「リズ姉は用心深いんスよ。
 きっと部屋にあるものが大事なわけじゃない。個々に侵入してきた人間を確実に殺すことが狙いなんでしょうね」
 相方の男が相槌を打った。

 黒スーツの男は、そのまま部屋の奥へと進む。木端微塵とまではいかないが、その場所にあるものは全て使い物にならない程度に破壊された無残な部屋。

 男は一番奥にある枠だけになった窓に近寄ると下を見下ろした。
 ここは地上27階。見下ろした先、遥か下に小さなプールサイドが見えた。日曜日ということもあって、休日をこの家で過ごす富豪カップルたちが優雅にプールを満喫していた……それもさっきまでの事で、今は頭上から降り注いだガラスのシャワーで、大パニックになっていた。
「ふん。現実じゃあたいして金も無い愚民どもが。一人前に格好つけるからそういう目に合うんだ……」
 黒スーツがにんまり笑う。

「このありさまじゃあ。探しても『血約の証』は出てきませんよね?
 あれば粉々になって、今頃はマオ姉さんの懐に戻ってるはず!」
 金髪の相棒がそう言った。
 ユニークアイテムである『血約の証』は、一度壊れてしまうとその所有者の元へと戻る。もちろんアイテムは元通りに再生された状態で、だ。
 彼らの任務は、『紅蓮魔道会』の誇りである『血約の証』を奪還、もしくはその破壊である。
 ここはリズの部屋。厳重に管理されたアイテムを盗み出したリズナブリットを追ってここまでやってきたのだった。

「リオンっ」
 そう呼ばれた金髪の男は、黒スーツの男に顎で合図されると、急いで部屋を出た。
 すぐに彼は部屋に戻る。
 リオンの後ろには、小太りの男が怯えた様子でついてきた。変わり果てた室内の様子に、呆気にとられて見ていた彼を黒スーツの前に引きずり出した。
「おい。情報屋。お前はリズナブリットとよくつるんでたんだよなぁ?
 ここ以外に奴が頼りそうな奴、もしくは奴の隠れ家を教えろっ!」
 黒スーツの三白眼に睨まれた情報屋の男は、ぶるぶると震えながら首を横にふる。
「あっしは、あの女とつるんでなんていませんぜ。旦那っ!
 ただの客なんですわ。アイテムの情報だったり……」
 男はそこで口ごもる。
「……だったり?」
 スーツの男はより一層鋭い視線を向けた。
「……その。アンタらの情報を売ったりしやした……」
 びくびくしながらも白状した男だったが、すぐさま彼の喉元を黒スーツの男が掴む。そして軽々と彼を持ち上げると、そのまま窓の外へと引きずり出す。
「ぐがっ。がっ……っ……」
 首を締め上げられた男はバタバタと手足を動かす。
「おいおい。そんなに暴れると、落っことしちまうよ。ただでさえデブなんだからな……」
「ワンさん。そいつからはまだ情報を引き出さないといけないんスから、殺したりしないでくださいよ……」
 黒スーツの男改め、ワンは、不敵に笑いながら目の前で水からはい出された魚のように口をパクパクとさせる情報屋を冷笑した。
「3秒だけ待ってやる……その間に、お前の知っていることを全て話せっ!
 出し惜しみはするな。命が掛かってる」
 
 情報屋の男は息を漏らしながらも、一つの言葉を発した。
「ぞうい゛えば……あ゛のおんな゛……日本人とつるんでま゛じだ……」
「日本人だと?」
「あっ……」
 
 突如、背後から間抜けな声を上げた相棒の方へと振り返るワン。
 彼の表情からは笑顔が消えていた。

「す。すみません。アニキっ
 俺、そいつを知ってますわ。ほら、以前リズと偶然会ったバーで、アニキも話してたじゃないですか?」
 
――リオン。この男、腕は確かだが知能が低い。
 ワンはため息を一つ漏らすと、いまだ宙吊り状態になっている情報屋の方へと見やる。
「それで全部か?」
「……あ゛い――」
 男が頷くのと同時に、ワンは彼を掴んでいた右手を離した。
「ぎゅあぁぁぁぁぁぁ」
 すさまじい叫び声をバックに、彼らは歩き出す。
 下の階から悲鳴をあげる住民たちの声が聴こえてきたが、彼らは気にすることなく部屋を出ると、エレベーターのボタンを押す。
 
――だが、彼らは気づいていなかった。
 反対の建物から、その様子を眺めていた人物に。
 一人、不敵に笑う大男。彼の頭上にはNPCキャラクター名を表す白い文字が記されていた。『ライオット』と……

 リオンは、ワンがエレベーターの中へ入るのを確認すると扉を閉める。

「リズ姉さんは、もうこのままオンラインにならないつもりですかね……
 あと2週間もすれば、うちらは『血約の証』を失ってから3か月が経っちまいますよね。
 オンラインにならなきゃ、捕まえようがないですもんね……」
 そう言いながら、自分の腕時計型ディスプレイに目を向ける。

「奴は中国一の大富豪の娘。仮想世界へアクセスするためのハードウェア。それを開発したG−NAV社の娘なんだからな。リアルがわかってるんだから、直接――」
 まだワンの話の途中だったが、リオンはそれを制した。
 会話を遮られ、むっとした表情になったワンだったが、すぐに彼が何を言いたいのか察知する。

「ばかな……。あの女、なんで堂々と俺たちの前に現れやがったっ!」

 リオンのディスプレイに表示された3Dマップ。そこには他プレーヤーを表す緑のマークが郁点にも表示されていた。その中の1つに、先程リオンやワンがいた座標があった。
 そして、その緑点が真っ直ぐ窓の方へと動き出す。

「ワンさん。俺が追い詰めるんで、挟み撃ちで行きましょう!」
 リオンは素早く両手に銃を携えると、エレベーターの壁に向けて発砲する。
 彼の特注の銃弾は、高い威力を誇る。脆くも粉々になった壁から彼は飛び出した。その背後で声がする。
「承知っ!」

 彼が飛び出したのは、リズの部屋から6階下がった21階に位置していた。
 彼は正面の扉をぶち抜くと、部屋の中へと入って行く。中にいた住民が騒ぎ出したが、彼らは銃口が向けられるとすぐに黙った。
 リオンはそのまま臆することなく、部屋の一番奥にあった窓ガラスを突き破ると、外へと飛び出していく。丁度飛び出したリオンのすぐ真横に、さらに高い場所から急降下中のリズが現れる。
「リズ姉ぇー!勝負ッス!
 この日をどんなに待ち望んだことかっ!」
 彼は雄たけびにも似た叫び声をあげると、両手に持った銃口を相手に向けた。

 だが、彼女はすでに臨戦態勢に入っていた。すぐさま、リオンの脇腹に蹴りをみまうと右手に持った1丁の銃を構える。

 二人の距離がわずかに開く。

 先に発砲したのは、リオンだった。彼の2丁拳銃が火を噴く。
 だが、リズは壁に足を着けると、重力を無視して壁を走り抜ける。彼女の落下速度はさらに増し、リオンの銃弾を躱した。
 リズは、地面に向かって走ったまま銃だけを後ろに向けると、発砲する。もちろん、あてずっぽうに撃ち放っているわけではない。リオンも彼女に習って壁を走り抜けてなんとか躱したが、そのままいれば確実に風穴をあけられていただろう。

「リズ姉さん。舐めてんですかぁっ?
 そんな銃じゃ俺には敵いませんよ?」
 リズが手にしていたのは、彼女の愛銃の『ソード・フィッシュ』たちではなかった。その手に握られているのは、そこそこ価値のある銃ではあったが、ユニークアイテムである『ソード・フィッシュ』には遠く及ばない。

「ふん。舐めるなよっ小僧!
 お前にはこのハンドガンで十分だわっ」

 2人は、互いの銃弾を躱しながら猛スピードで壁を走り下る。彼らの目の前には、もう1階のプールサイドがすぐそばにまで迫っていた。
 リオンは狙いを定めていた。彼女が地面に着地する為、スピードを緩めるその時を……
 
 だが彼の予想に反し、リズは一向に速度を落とさない。そればかりか、さらに速度が増す――
 彼女は着地の瞬間、なぜか体を丸める。そして、しなやかな動きで体を伸ばすと、地面に着地しようとする――
 ネコ科の動物は高いところからの着地が得意。そして、彼女は人と猫の混血種なのだ。
 華麗に着地使用する彼女に対し、リオンはやられたという気持ちでいっぱいだった。彼女を追って走り抜けた自分は、この速度では無事では済まない。
 リズを追うことをやめ、自分が助かる方法を探すリオンは辺りを見回した――

 リズはこの速度なら余裕をもって着地できるはずだった。しかし、彼女にとって予想外の事態が起こる。
 
 今まさに、着地するため体を大きくのけぞらせたその時、1階の扉から黒い棒状の何かが飛び出してくると、彼女の柔らかな腹部をめり込んだ。
「ぐぅぁっ」
 彼女の声にならない息が漏れる。

 そのまま地面をバウンドした彼女は、大きくHPを削られながらもなんとか起き上がる。
 その棒状の何かを確認するべく彼女が睨んだ先には黒スーツの男、ワンがいた。彼はマンションの玄関口から飛び出すと、タイミングよく蹴りを放ったのだ。
 彼のすぐ横に置いてあった高級オープンカー、その座席の上にリオンが落下すると2つ折りにひん曲がった。

「あきらめろっ。リズナブリット!
 俺達2人から逃げられると思うなよっ」
「…………。さすがに、この2人相手は厳しいのう。
 特に、ワン。お前が相手ではな……」
「ワンさん。邪魔しないでくださいよ。リズ姉は俺が責任をもって殺りますからっ!」
 ワンは、となりで変形したスポーツカーに挟まった状態から回避しようと躍起になっているリオンを一瞥すると、彼に告げた。
「リオン。お前とリズの実力はほぼ互角だ。確実にやるには2人でやった方がいい。
――ただし、あの女が手にしている劣化ものの銃で、だがな……」
「俺が……リズ姉よりも劣るわけがないっしょ?クエストだって、リズ姉さんの記録を打ち破ってるんですよ?」
「記録は所詮、記録。
 実際の闘いとは別ってこともわからねぇのか?」
 ワンが強い口調で叱咤すると、リオンが押し黙る。

「わかりましたよ。2人で確実に殺りましょう」
 リオンがそう言うと、その問答を見ていたリズが言う。
「やれやれ。お互い、出来の悪い相棒を持つと大変だねぇ」
 ワンは微かに頷いたが、すぐに真面目な表情に戻った。

 日本人都市『アキバ・シティ』、そこから外れた田舎街にある『青天木馬』の本拠地。そこには、多くの兵士たちが戦争の準備をしていた。
 100名以上の人数を誇る『青天木馬』だが、彼らが一度に集まることはまずない。
 だが、今日は特別だった。なぜなら、これから彼らは中国最大の秘密結社『紅蓮魔道会』と戦争を起こそうとしているのだ。

 その場に集まった多くのプレーヤーたちが緊張する中、一人自室で身支度を整えている少女がいた。副大将のユウナである。
 彼女は戦闘用の鎧に身を纏い、腰には『クインズ・スレイヤー』をさしている。そして、胸元にはアキラから貰ったネックレスが光を放っていた。

 そんな彼女の頭は、戦争とは別の事でいっぱいになっていた。彼女は、左腕の腕時計型ディスプレイに表示された一人の少年の現在地を更新し続けていた。
 その少年は、ユウナの恋人。アキラである。

 さきほど、二人の共通の友人であるリズが『オンライン』の状態になったという通知を受けた彼女は、まずリズの現在地を調べた。表示された場所は『シャンハイ』。そこには『紅蓮魔道会』の幹部4人のうち、2人が訪れていると調査済みである。
 当然、その2人の狙いはリズなのだろう。今日戦争がなければ、すぐにでも駆けつけたい気持ちであったが、ユウナが抜けるわけにはいかない。だが、彼女と同じ気持ちで、しかも自由に行動することができる人物がいたのだ。
 それがアキラである。彼女は、すぐさまアキラの現在地を調べたのだった。
 
 そして今、彼の所在地が表示される。案の定、そこには『シャンハイ』と表示されたのだ。
 ユウナは深くため息をついた。
「はぁ。……どうしよう。アキラのそばに行きたいけど……それをしたら他の皆が困ってしまう」
 この大事な戦争だというのに、『青天木馬』の大将はオフラインのままだ。彼は現実での仕事が忙しいらしく、なかなかオンラインしてはくれないのだ。今日の戦争は、副大将のユウナに掛かっていた。彼女が先頭に立ち、皆の心を1つにしなければならないというのに……
 彼女の心は揺れ動いていた。

 今日はなんだか、とても嫌な予感がする。彼女は言いどころのない胸騒ぎがしていた。
「ユウナ様。そろそろ時間です」
 扉の向こうからラインの急かす声が聴こえることで、彼女は我に返った。

――さっさと、戦争を終わらせよう!私達が勝てば、奴らがアキラやリズを追う理由はなくなるはずよ……

 ようやく彼女は自分自身を奮い立たせた。
 最強クラスの幹部4人のうち、2人がいない。あの最強集団『紅蓮魔道会』がこれほど手薄になることなど、この先にはないかもしれない。
 この千載一遇のチャンス。逃すわけにはいかなかった。

 身支度を終えた彼女が、みんなの前に姿を現す。
「皆の者よ!闘志を奮い立たせっ!
 そして私の後について来い!ともに勝利があらんことをっ」
 彼女は100名以上の兵士を連れて動き出す。

 彼女はアイテムボックスから、テレポートアイテムを取り出す。

 高価な代物であるが、出し惜しみするような場面ではない。

 彼女はあらかじめ設定しておいた、中国人都市『ホンコン』の『紅蓮魔道会』本拠地へのテレポーターを出現させた。
 空間に亀裂が入ると、紫色のゲートが開く。

 ユウナを先頭に、100名の兵士たちが次々に中へと飛び込んでいった。

 『ホンコン』にやってきたユウナ率いる100名の兵士たち。
 彼らは到着するなり、目の前に広がった屋敷を目にする。その距離100メートル程。
 ユウナのテレポートアイテムで座標を記憶するためには、事前にその場所へ行かなければならない。『紅蓮魔道会』の前にテレポートを記憶する行為は、そのまま敵への宣戦布告とも取られかねない行動だ。
 タ際にはその通りなのだが、奇襲を掛けようと考えていた彼女は、相手にそれを悟られるわけにはいかない。
 『紅蓮魔道会』の連中に怪しまれないぎりぎりの距離。それがこの100メートルだったのだ。

 ユウナは、100メートルを猛セ走する。
 しばらくすると、鉄製の柵状の門が現れた。そして、その前に並んだ2人の門番と思われる人影が見える。
 猛攻もこちらに気づいた様子で、上着の内ポケットに手を入れる姿が確認できる。
 ユウナも特注のハンドガンを取り出すと、右側に立っていた男に向かって撃ち放った。

 みごとに、右側に立っていた男の肩に突き刺さると、ユウナは走ったまま銃のボタンを押した。
 すぐさま彼女の体が加速していく。一瞬のうちに二人の敵兵の前に移動した彼女は、右手に持った『クインズ・スレイヤー』で右側の男を貫く。相手の頭上にはダメージを表す赤い数字が浮かび上がった。
 すぐさま、彼女は突き刺した剣を引き抜くと、その反動を利用して体を横回転させる。さらにそのまま左側に立つ男を切り裂く。
 2人の門番はだらしなく崩れ落ちると、死亡フラグを表す緑の光で全身が包まれた。

 ユウナはそれには一切目もくれず、目の前の門を蹴り破る。途端に、警報機が作動し始めた。
 彼女に僅かに遅れて、ラインとソラがやってきた。
「ユウナ様。もう少し慎重に攻めませんと、せっかくの奇襲が台無しに――」
「それでこそ。ユウナだ」
 小言を言うラインの言葉をソラがユった。
「……どうせ。こんな人数でやってきたんだから、とっくにばれてるでしょ?」
 ユウナは気にも留めずに突っ走る。
「おい。ユウナっ!」
「お待ちください。ユウナ様。一人で先走らないでくださいっ!」
 ソラとラインが同時に叫んだ。

 しかし、ユウナは早く来いと手で合図するだけで、スピードを緩めてはくれなかった。
 彼女は焦っていたのだ。この戦争を一刻も早く終わらせ、アキラたちを救うために――

 ユウナが屋敷の扉を突き破ると、500メートルはあろうかという長い廊下が出現する。
 彼女の視界では、一番奥が描ハし切れていない程の距離。
 そして、左右に対象的に立てられた柱が無数に並んでいる。その影に『紅蓮魔道会』の下っ端が隠れているのは明白だった。

 彼女は臆することなく前へと進む。左手のハンドガンを近くの柱に向けて撃ち放つと、すぐさま銃のボタンを押す。ワイヤーで柱に固定された銃が力強くユウナをそちらの方へと引き寄せる。
 残像が見える程の速度で近くの柱へ移動するユウナを撃ち抜こうと、さらに奥の柱に隠れた敵兵が銃を見舞ってくる。

 彼女は柱にたどり着くと、その影へ身を潜めた。
 さすがに最強の秘密結ミ。奇襲されたにもかかわらず、待機している兵の数が予想よりも多い。ざっと見ても30人はいるだろう。
 ユウナ一人では、これ以上先には進めなさそうだった。

――早く。はやくマオ・リンを倒さなければっ!
 身を隠す柱が崩されていく中、それでも彼女は前だけを見据えていた。

 ようやく姿を現した味方の兵が、援護ヒ撃を行う。
 細長い廊下で、多人数対多人数の激しい銃撃戦が始まった。
 しかし、相手は30人に対し、こちらは100人。火力の差は歴然だった。

 ユウナは、ここはラインやソラに任せて先を進もうと決心すると、銃を高い天井に向かって撃ち放つ。そして、ワイヤーを使用して高く飛び上がっていった。

 激しい銃撃戦の中、その遥か頭上を静かに移動していく彼女。
 そしてついには、30人の背後へと到着した。もちろん彼らはまだ、ユウナの存在に気づいていない。後ろから急襲してやれば、味方への負担が減るであろう。
 だが、彼女はそうしなかった。
 ただ一人、屋敷のさらに奥へと突き進んだのだ。それが……敵v皓であるとも知らず。

 再び続く長い廊下を走り抜けるユウナ。
 突如、彼女の後方に巨大な金属製の扉が落ちてきた。

「っ!?」

 先程の30人の敵兵、それに100人の味方。彼らの居る空間とユウナがいる空間。ともに1つの長い廊下だったはずが、その扉によって分断された。

 彼女に一瞥の不安がよぎる。
――まさか……礬!?
 そして、女の高笑いが聴こえてきた。
「キャハハッ。バカな女だねっ。
 弱いくせに一人で突っ込んでくるなんてっ!」
 何処からともなく姿を現した兵士たちが、彼女の周りを取り囲む。
 そして、その兵の中央に2人の幹部が姿を現した。

「はじめまして。『青天木馬』の副大将様。
 ようこそ。『地獄』へっ」
 そう告げたのは、『紅蓮魔道会』の女性マスター、『ヨ』のマオ・リンだった。
 ユウナはすぐに、『クインズ・スレイヤー』を構える。
「ふん。『クインズ・スレイヤー』か。小娘が生意気にも一人前の装備しちゃって♪」
 マオの黄色い瞳が不気味に揺らめく。ユウナは恐怖で凍り付く。

「汚れないお嬢様に。現タを教えてやりなっ」
――体が……動かない!?
 怖いよ。アキラ、助けてっ。

 なぜか、彼ら全員が笑った。
 一人の兵が彼女に近づいていくと、ユウナの手から『クインズ・スレイヤー』を奪い取る。
 別の兵は彼女を羽交い絞めにした。
「嫌……やめてっ――嫌ぁぁぁぁぁ」
 恐怖で動けなくなったユウナから鎧が引き剥がされると、白い肌が露わになった。

 中国人都市『シャンハイ』。そのとある廃ビルのテナントに、アキラはいた。
 ここはもともとバーがあったらしいが人気の少ない区画の為、すぐに閉鎖してしまったそうだ。それ以来、リズとアキラの隠れ家になっている。

 アキラはリズが『オンライン』になったのを確認すると、すぐさまここ『シャンハイ』にやってきたのだが、彼女の正確な位置がわからず途方に暮れていた。
 探しても見つからないなら、待つしかない。
 リズならきっとこの場所にやってくるはずだ。

 彼は床に転がったままになっていた椅子を元に戻すと、その上に座る。彼のディスプレイには3Dマップが表ヲされたままの状態になっている。
 
 
 しばらくして、緑マークが一つ。こちらへ向かってくることに気づいた。
「……リズか?」
 アキラはすでに扉の向こうにまで近づいてきたプレイヤーにそう尋ねた。
「アキ。ここにいるなんて、よく分かってるじゃないかヨっ」
 明るい口調で話しかけてきたリズだったが、扉の向こうから現れた彼女の姿にアキラは固唾を飲んだ。

 彼女の右腕は千切れ、額から夥しい量の出血、右目の上には髄゚{と、誰が見ても瀕死の状態である。HBOではHPが残っていた場合、頭部の破損は3秒で回復する。それ以外の部位が切断された場合には、ペナルティとして30秒間欠損した状態のままとなる。
 彼女の右腕は、切断されてから30秒もたっていないということだ。

「おいおい。大丈夫かよっ?」
「うむ。正直やばいのうっ。もうHPゲージが10%しかない……
 アキ。すまないけど、ポーションをくれないか?全部使っちまっタ」

 数日ぶりの友との再会。
 彼女には聴きたいことが山ほどある。
 しかし、今は一刻も早く、彼女に回復用のポーションアイテムを渡さなければならなかった。こうしている間にも、彼女を痛めつけた連中が迫っているかもしれないのだから――

 アキラはゥ分のアイテムボックスを開くと、ポーションを選択する。
 そして、彼女にそれを送ろうとした、その時。

 アキラの目の前を一筋の稲妻が突き抜けた。
それは電気を帯びた1本の槍。そして、あろうことか瀕死の状態のリズを貫いたのだ。
「がふっ」
 口から血を吐き出したリズ。そして、彼女のわずかだったHPバーが抉り取られた――


感想・読了宣言! 読んだの一言で結構です