1章5話

「今日あったことについては、マスターに報告するわ」
 アキラにそう言い放ったユウナは銃を構えた。
 地下鉄のクエストを終えた後、当初の約束通り、二人だけで別のクエストに参加していたのだ。
 
 彼女から10メートルほど離れた敵に向けて発砲する。
 彼女は見事にターゲットに弾丸を命中させると、手にしている銃の側面についた赤色のボタンを押す。アキラにはユウナの姿が霞んで見えた。
 
 一瞬で相手に接近すると、右手に持った短刀で相手を切り付ける。
 1発、2発、3発と怒涛のラッシュを見せた彼女は、剣を振り翳した態勢のまま目の前の標的を蹴り上げると、空中に弾き出された相手に対して止めの一撃をお見舞いした。
 
 彼女の剣から発せられた青色のエフェクトが、ターゲットとなった敵を貫く。
 一発一発の破壊力は少ないが、見事なスピードとコンビネーション――
 戦場を華麗に舞うその姿は、まさに『閃光』のようだった。
 
 彼女は人と鷹の混血種。
 『鷹』はアキラの『ヴァンパイア』と同じく、スピード能力の高い種族である。
 しかし、攻撃力はヴァンパイアに比べて圧倒的に低い。
 スピード特化型の『鷹』は、人気の少ないレア種族なのだ。
 
 そして彼女が愛用するこのハンドガン。『プル・スピアクロウ』というのだが、使用する弾丸の形状が釣り針の様になっており、相手を一度貫くと簡単には抜けないようになっている。
 さらに弾丸には細いワイヤーで銃と繋がった状態となっている。銃のボタンを押すことで、瞬時に相手を引き寄せたり、近寄ったりすることができる代物だ。
 
 
 悠々と髪をなびかせるユウナに、アキラはその真意を確かめた。
「マスターに報告するって、さっきのリオンのことをか?あんな奴、ほかっとけよ」
「そういうわけにはいかないわ。
  あの男は、この『アキバ・シティ』を仕切るって言ったのよ?
  これは立派なうちへの挑戦状よっ!」
 リオンが最後に言ったセリフ。それが彼女の闘志に火をつけてしまったようだ。
 
「お前んところの『青天木馬』のマスターがなんて言うか知らないが、どう足掻いても勝ち目はないぞ?」
「わかってる。相手は最強の結社。うちなんかが太刀打ちできるような相手じゃないってことぐらい……。でもね。チャンスを伺えば、私たちでも幹部だけなら倒せるはずだわ!」
 アキラが思っていた以上に、彼女の決意は固まっているようだった。
「それに……。あの男に、私がアキラにくっついてるだけだって言われた時、何も言い返せなかった。『青天木馬』の副大将になってから、私はアキラがいなくても一人でちゃんと出来るって思ってたのに……」
 ユウナは弱弱しい声でそう告げる。
 
 思えば、昔から何をやるにも2人は一緒だった。
 小学校の頃、近所の公園で遊んでいた時も、遠足のグループも……
 別のクラスになってしまった時でさえもアキラの教室へユウナはやってきた。
 
 中学に入ってアキラに彼女ができたのだが、その時も彼女と一緒に帰るそのすぐ後ろに、ユウナが寂しそうについてきたことも覚えている。結局、その彼女とは『ユウナと私とどっちが大事なのよっ』と言われてフラれてしまった苦い思い出である。
 
 反対に、ユウナが特定の誰かと付き合ったということはないのだが、男子生徒から1,2を争う人気の彼女と常に一緒に居るアキラは、何度か他の生徒の嫌がらせを受けた。
 その一人がソラなのだ。
 彼は昔、ユウナの事が好きだったのである。
 まだ、アキラとソラが友達でなかった頃、ユウナに近づくなと脅されたことがあるのだ。
 
 ユウナはずっとアキラの後をついてきていた。そんな彼女をHBOに誘うと、当然のように参加してくれた。それから3か月ほど経ったある日、アキラはリズというプレーヤーに会う。
 リズとアキラは出会ってすぐに意気投合し、よくユウナと三人でクエストをするようになったのだ。
 
 そしていつの頃からか、アキラとリズの二人だけになっていた。
 あんなに一緒だったユウナは、他のプレーヤーとパーティーを組む様になっていたのだ。
 さらにその頃から学校でもアキラだけに囚われず、自分の友達を見つけるようになる。
 それがカオルとリンナだ。3人でよくHBOの話をしていたから、ユウナが2人をゲームの世界へ誘ったに違いない。
 
 アキラはずっとユウナが彼の元を離れて行ったのは、自分が彼女をそっちのけでリズと一緒にプレーしていたからだと思っていた。
 
 しかし、実際には違っていたようである。
 ユウナは、自分がアキラなしでは何もできない人間だと悩んでいたのだ。
 自分一人で新しい世界を作ろうと、彼女なりに努力していたのだろう。
 そうやって手に入れたのが今の地位なのだ。
 
 100人近い部下たちの前では精一杯強がっていた彼女だが、リオンのあの言葉で張りつめていた糸が切れてしまう。
 彼女は、他のメンバーには恐らく見せたことの無いであろう、聡明な顔立ちをくしゃくしゃに崩すと、声をあげて泣き出した。
 そんなユウナに、アキラはどうしていいのか分からず、無言で抱き寄せる。
 しかし、彼女はすぐにアキラを跳ね除けた。
 
「ダメっ。そんなことされたら……私、あそこに帰れない。
  ……このままアキラと一緒に居たくなっちゃう。
  私一人でみんなをまとめられるような女にならなくちゃ……
  本当の意味でアキラの隣にいる資格がないのっ!」
「資格って。そんなものいらないだろう?
 それにお前は『青天木馬』の副大将として十分頑張ったじゃないかっ!
  誰も、お前をそんな目でなんて見てねぇよっ」
 
 アキラがもう一度自分の胸を広げると、ユウナは少しためらったが――
 やがて、彼の胸の中へと飛び込む。
 それを迎え入れたアキラが、ゆっくりと両腕で包み込んだ―。
 

 
 朝になり、アキラは目を覚ました。
 パジャマ姿のまま起き上がった彼は、先程までの出来事が夢だったような錯覚に陥る。
 HBOは、眠っている間にゲームをプレーできる。
 あの中での出来事が、全てアキラの妄想だったなんて考えてみたりした。
 
 制服に着替え、いつものように家を出た彼はすぐにユウナと鉢合わせる。
「おはよう。今明の家に行こうと思っていたとこ……」
「ああ。おはよう……」
 二人は照れくさそうに見つめ合った。
 
 ここ最近は偶然出くわさない限り、一緒に登校することはない。彼女の方からアキラの家に来てくれるなど、ここ数年ではなかったのとだ。
 さらに先程想像した悪い想像を打ち砕くような出来事が起こる。
 
 少し距離を開けて歩く二人。
 ふいにその距離を縮めたユウナが彼の左手を握ってきたのだ。
 この日以来、アキラにとって新しい世界が始まった。
 

 
 二人が一緒に教室に入ると、ソラが目をギョッとさせた。
「お、お前ら……ようやく認めたのか!?」
「認めたってなにをだよっ」
  アキラは、彼が何を言いたいのか分かっていながらもわざと惚けて見せた。
  
  二人は、周りに茶化されながらもその事実を打ち明ける。
「おめでとう。優奈。
  ついに明とゴール・インですかぁ」
「カオル、ありがとう。でも結婚するわけじゃないんだから、ゴール・インとか言わないで。
 それから……このことは結社のみんなには内緒でお願いします!」
  わざと敬語を使ったユウナは、満面の笑顔を見せた。
 
「かぁっ。見せつけてくれちゃってよぉ。
  うちの大天使様が、こんな一匹狼に捕まっちまうなんてよぉ!」
 ソラの言葉に、ユウナが口元を膨らませて言う。
「もう、ソラっ!私は天使なんてかわいいものじゃない。恐ろしい『青天』の副大将よっ!」
「ひぃ。勘弁してください姉御っ」
 その場にいた全員が笑った。
  
 優奈はその立場上、リアル友達である彼らにも二人の事を秘密にしておいたほうが良いに決まっていた。しかし、ユウナが二人の事をみんなに話してくれて本当に嬉しかった。
 
 
 幸せ絶頂のアキラだったが、『幸せ』の後にはそれと対等の『不幸』が訪れるものだ。
 この時はまだ、これから彼に『絶望』が訪れることなど誰も知る由がなかった――

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