1章3話

 その日の夜、HBOの世界にログインしたアキラは、リズと中国人都市『シャンハイ』の洒落たバーに来ていた。
 人気の少ない静かなバーだったが、木目調のバーカウンターの後ろには、巨大な水槽がある。
 その中には色とりどりの魚たちが自由に泳ぎ回っていた。

「なぁ。今日はクエストにはいかねぇのか?」
 退屈そうに言ったアキラにリズは笑みをこぼした。
 現実のアキラは高校生である。バーになど来たことがあるはずもない。

「アキ。ここは表向きはバーだけど、奥に射撃訓練場があるのだヨ」
「射撃場だって?こんな静かな場所で?
 ってか。俺は射撃に興味はないんだけど……」

 リズに無理やり店の奥へと連れていかれたアキラだったが、いかにもそれらしい空間が見えてくると心が躍る。
「すげぇ。これが射撃場?本格的だなぁ」
 パッと見はボーリング場のレーンのように仕切られた射撃場があった。20メートル程離れた先には、紙製の人体を模した標的が飾ってある。

「さぁ。アキ。思う存分ぶっ放しチャイナっ!」
「まじ、つまんないこと言うなよ……」
 冷めた表情でリズを見たアキラだったが、すぐにコートの内ポケットからハンドガンを取り出す。
「俺様の射撃テク。とくと味わいなっ!」
 アキラはそう言うと、手にしたハンドガンのトリガーを引いた。

 パン、パンと単発の銃声が響く。
「あひゃひゃひゃひゃ……」
 腹を抱えて大笑いをしているのは、リズだった。がっくりと膝をついたアキラはつぶやく。
「くっそー。一発も命中しないなんて……」
「命中以前に、標的の紙にもあたってないニャー」
 黒色で人の上半身を描いた長方形の紙、その周りの余白部分は白塗りになっているのだが、その白い部分にすら掠りもしていない。
「いいんだよ。俺には剣術があるんだから……」
 アキラは恨めしそうに無傷で佇む標的を睨んだ。

「まぁたしかに。アキの身体速度はHBOの中でも優秀なほうだってことは認めるよ?
 でも、離れた相手にはやっぱり銃ヨ?」
「全部接近してぶった斬る!」
 アキラは空の両手で素振りをして見せた。

「まぁまぁ……このゲームでの銃はそんなに難しくないんだヨ。
 ゲームシステムが照準をサポートしてくれてるんだから……
 いいか。銃は目で撃つんじゃない。心で撃つのだよ!」
「いや。目で撃つだろ……普通」

 リズは無邪気な目でアキラを見る。
「アキ。絶対その場所を動かないでネ」
 彼女は机に座ったまま銃を取り出すと、その銃口をアキラに向けた。

「ちょっ、ちょっとまて!
 俺は標的じゃない。標的は俺の後ろ……」
 彼がそう言ったのも束の間、リズは一度銃口を横に向けると水平に腕を動かす。
 その動きは、銃でアキラを横に切り裂くようなモーションだ。
 そのモーションの途中で、パンっという一発の破裂音がした。

 次の瞬間、弾丸がアキラの目の前を通過していった。
 アキラの目と鼻の先を霞めるように進んだ弾丸だったが、肝心の標的はアキラの真後ろに位置している。
 彼を打ち抜かない限りは、弾丸が命中するはずもない。

 満面の笑みで勝ち誇ったリズの表情を裏目に、アキラは後ろを振り返った。
――弾丸の軌道を変えるでもしない限り、命中するわけがねぇだろ――

 しかし、アキラの視界にはありえない光景が存在していた。
 彼の真後ろに確かに存在している標的。
 その中心、ど真ん中を突き破られた穴を。
「あ、ありえねぇ……」
 驚愕の声を上げたアキラに、リズが高笑いで答えた。
「あひゃひゃ。弾丸の軌道をイメージすれば、多少曲げることくらい造作も無い事なのだヨっ」

「ちぇっ。腐っても元『紅蓮魔道会』最強のガンナーってわけか……」
 なぜか、彼女は頬を膨らませてむくれて見せる。
「腐ってニャイヨォー」

 リズは体を猫のように伸ばすと、椅子から起き上がった。
「さて、アキをからかって遊んだことだし……クエストにでも行きますかニャン」
「おまえ……やっぱり俺をからかって遊んでただけなのかよ!」
 彼女は笑いながら店の出口へと向かう。
 丁度そこへ男女が入ってきた。

「あれ?もしかしてリズ姉さんじゃないですか?」
 そう話しかけてきたのは、黒のジャケットに身を包んだ男性アバター。
 整えられた茶色の髪の彼は、いかにも女性に人気のありそうな容姿をしていた。
「ふにゃ?おお。リオンじゃないか!?
 ひさしぶりだなぁ」
 親しげに話すリズを見たアキラは、少し罰の悪い気分で彼らから距離を取った。
 彼女のプライベートを良くは知らないが、ここは中国用の都市。
 日本人がいては話が弾まないかもしれない。

 仕方がなく、近くの椅子に座ったアキラだったが、リオンと呼ばれた男性アバターの連れてきた他のメンバーを見て驚いた。
 彼らは皆、左胸に同じ紋章を掲げていたのだ。
 赤い盾に黒字で『魔』と書かれたその紋章は、他でもない『紅蓮魔道会』のものだったからだ。
 
 アキラは昼間にソラと約束した日本人都市に出入りしている中国の秘密結社の事を思い出した。
 彼のすぐ近くに座っていたリオンとは別の男性アバターに声を掛ける。
「あの。あなたたちは『紅蓮魔道会』の人たちですよね?
 ちょっと、話を聴いてもらえますか?」
 黒いスーツ姿のそのアバターはアキラたちとは違い、無理に恰好をつけている様子がない。
 一見して自分よりも一回りは年上であると分かる。
 紳士的な雰囲気を感じさせる彼なら、話もわかって貰えそうな気がしていた。

「なにか。用か?」
「あの。最近『ネオ・アキバ』で『紅蓮魔道会』の名前を使ってクエストを独占する人たちが多くて困ってるんです……
 あなた方が強いのは知ってるんですが、もう少し他のプレーヤーにもクエストをやらせてあげてください」
 精一杯下手に出たアキラの言葉に、彼は気の良さそうな返事をしてきた。
「それはすまない。うちのメンバーが日本人都市で活動していることはないから、うちの下位組織の誰かかもしれないね。今度注意しておくよ!」
 話を終えたリズが手招きするのを横目に見たアキラは、その男性アバターにお礼を言うと店の外へと出て行った。

「さっき、ワン・ツィーとなんの話をしていたの?」
「ワン……何?」
「さっきアキが話してた男のことだヨ」
 店を出た後すぐにリズに尋ねられたアキラは、それが先程の男性アバターの名前だと理解した。
「いや。最近『ネオ・アキバ』のクエストを独占するやつらがいるんだ」
 リズに、昼間ソラから言われたいきさつを説明する。

「ふうん。まぁ、それくらいならいいけど、あんまりあの男にかかわらないほうがいいよ……
 あいつ、『紅蓮魔道会』の幹部だから」
「別に幹部っていっても、同じプレーヤーじゃないか」
 そうアキラが言うと、リズはどことなく暗い表情を見せる。
「たぶん。あの男は、アキが思っているほどいい人間じゃないよ。
 きっと今回の件も誰にも言わないだろうし……
 私は正直、今の『紅蓮魔道会』の連中が好きになれない」
 めずらしく、リズがまじめな口調で言う。
「まぁ。言ってもダメなら力ずくで退いてもらうまでさ!」
 そうアキラは強い口調で言い放った。
「もめるのは勝手だけど、これだけは守って。
 『紅蓮魔道会』の幹部とは絶対やりあわない事。いいネ?」
 アキラは口では答えず、あいまいに頷いた。

 リズとのクエストを早めに切り上げたアキラは、日本人都市『アキバ・シティ』へと帰ってきた。この後、久しぶりにユウナとクエストに行く約束をしていたからだ。
 彼女は日本人秘密結社の中で最大規模を誇る『青天木馬』の副大将である。簡単に言えば二番目に偉い人物なのだ。
 秘密結社に属さないアキラは、彼らの集まりから少し離れたところでユウナたちの様子を見ていた。
 彼女は日中には見せたことのない規律な態度で部下たちに指示を与えてる。幼いころから彼女を良く知るアキラには意外な光景だった。彼の記憶では、いつも何かアキラが行動を起こすとその後をついてくるようなおとなしい女の子だったはずだ。
 それが今や100名近い人間を動かしているのだから、彼が驚くのも無理もなかった。

「アキラ。お待たせ!」
 ソラやカオル、リンナに加え、見知らぬ赤髪の男性アバターを引き連れたユウナが、アキラの元へとやってきた。
「おう。お疲れ様」
「ユウナはいいなぁ。旦那の迎えが待ってるなんて!」
 そう茶化してきたのは、ブロンドの髪をしてはいるが、同級生のカオルである。
「ユウナ様の旦那だって?
 ……そんな。結婚されていたのですか?」
 驚いた表情を見せたのは、アキラの知らない男性アバターである。
「そうよ。ライン。
 ユウナは他の男のモノなんだから!」
「ちげぇよ」
 顔を赤らめたアキラはすぐに否定した。
「……ただの幼馴染だよ……」
 その様子を面白くなさそうな顔で見たライン。
 彼が小さな声でつぶやいた言葉に、誰も気づくことはなかった。
「っち。いい気になるなよ……」

 アキラ、ユウナに加え、ソラやカオル、リンナそしてラインの6人は、日本人向けクエストを探して回っていた。しかし、どこもかしこもすでに先客で一杯である。
「ちぇっ!どこもかしこも『紅蓮魔道会』の下っ端で埋め尽くされてんなっ」
 離れたところで、プレーしている中国人プレイヤー達をソラが睨む。
「ソラっ。そう言う目で見ないのっ!狩場は先に捕った者勝ちなんだからっ!」
 ユウナがそう言って咎めた。
「しかし……最近日本人向けクエストに参加してなかったが、これはひどいな……中級クエストは全部占領されてんじゃねぇか?」
 アキラがそう言うと、ユウナも眉をひそめて頷いた。
「そうなのよ。彼らがルールを破ってるとか、そういうわけじゃないんだけど……
 これはひどいわよね……。まだ、日本人プレイヤーの8割は初心者クエストだからいいけど、私達中級プレイヤーはこの辺りでレベル上げをしないと、上級クエストに行けないのよね……」
 ユウナがそう言って両腕を組んだ。その表情は明らかに迷惑だと書かれている。

「しゃあない。どっか手ごろな上級クエストにでも行ってみるか?今日は俺もいるんだし……」
「おっ。流石はアキラ様っ!じゃあこないだ俺達が言って失敗した地下鉄クエストに行ってみないか!?」
 そう言ったアキラにソラが提案してきた。
「地下鉄クエスト?」
「おう。上級クエストだっ!……中級クエストが空いてないから、前にみんなで参加したんだけど、見事に返り討ち……ってか、タイムアウトで終了だった……」
「まぁ。どこでもいいが……じゃあそこにするかっ!」
 6人は上級クエストの方へと歩き始めた。

 『地下鉄クエスト』。用意されたステージはその名の通り、地下鉄の駅だった。
 クエストの内容は、駅のホームにいる黒ずくめの男達を倒すという討伐系ミッション。
 もちろんターゲットの男たちもただの市民ではない。銃を携帯していることに加え、彼らは人間と『狼』の混血種である。――いわゆる狼男たちなのだ。
 このミッションは敵を殲滅するだけでなく、彼らが地下鉄に乗ってしまう前に倒さなければならないというタイムアタック的な要素もある。
 6人の目の前に『300』の数字が表示されると、ゆっくりとカウントダウンが始まった。

「さぁ。一気に地下まで降りていくぞ。
 ちゃんと遅れずについてこいよ!」
 そう言って先頭を走り出したのはアキラだった。そのすぐ後ろにユウナもついてきている。
 他のメンバーは、二人から僅かに遅れながらも必死についてきていた。

――流石にユウナはついてくるのか。

 そう思ったアキラは、すぐ後ろを走る彼女に目配せをすると、一直線に続く道のりを全速力で走り抜ける。
 両側の壁に設置されていたディスプレイには『アキバシティ』らしく、アニメの動画が流れている。その動画を尻目に悠々と走っていたアキラの前を最初の敵が阻んだ。

 黒いスーツ姿の男が、上着の内ポケットに手を入れるのを確認したユウナが、アキラに向かって叫んだ。
「アキラ。あそこのスーツの男。銃を取り出したわ」
 アキラたちとスーツの男との距離は、まだ20メートルほどある。この距離では彼の剣術は使えない。
 だが、今日は隣にユウナがいるのだ。
 アキラは彼女に向かって顎で指示を出した。
「……はいはい。わかったわよ。アンタは銃スキルが無いに等しいもんね。
 ここは私に任せなさいっ」
 そう叫んだユウナは、走りながらも慣れた手つきで銃を取り出す。
 だが、二人が予想だにしない事態が起こった。スーツの敵が取り出した銃が小型のサブマシンガンだったのだ。

「げっ。あいつ、雑魚のくせにあんなものを取り出しやがった……」
 アキラとユウナは一気にスピードを落とすと、左右別々の方向へと飛び出した。
 ズガガガガ……というサブマシンガンの発射音と共に、無数の弾丸が先程アキラたちのいた空間を切り裂く。

 アキラはすぐ脇にあった円柱の柱に身を隠している。
 銃弾が飛び交う通路の反対側には、アキラと同様に別の柱の陰に隠れたユウナもいた。
 そして、彼らの後方にいたソラたち4人も近くにあった柱の陰に隠れているようだ。
「ソラっ。そこから銃をぶっ放せっ!
 当たらなくてもいい。奴の気をひきつけろ!」
 すさまじい銃声で、アキラの声が伝わったのか分からなかったが、すぐに黒スーツに向けて銃弾が発射されるのを確認する。
 アキラは、反対側で身を潜めているユウナの方へ顔を向けると、互いに頷き合った。

 指を三本立てて合図を送る。
 『3,2,1』の合図とともに、アキラとユウナは一斉に飛び出した。
 銃弾の飛び交う通路の中央ではなく、両側の壁寄りを駆け抜ける二人――
 ソラたちを打ち抜こうと必死になっている黒スーツの左右に出現したアキラとユウナは、手にした剣を同時に振り翳した。

「うおおおおおお」
「はああああああ」

 雄叫びをあげた二人の一撃が、男を切り裂く。
 『X』の字に切り割かれた敵の頭上には、『15000』という高ダメージが表示された。

「いっ、15000!?
 ってか、ユウナとコンビネーション・スキルが使えるなんて……
 さすがだな。アキラ」
 コンビネーション・スキル――複数のプレーヤーが連携して攻撃を与えた場合に、システムが自動でボーナスダメージを加算してくれるというものだ。
 驚きを隠しきれないといった様子のソラが、二人に近づいてきた。
「むしろアキラが私に合わせてくれたのよ!」
 そう言ってこちらを見つめてくるユウナに、アキラは苦笑いをした。
 敢えて口にはしなかったが、アキラはユウナの剣先がターゲットに接地するタイミングに合わせて斬撃速度を調整していたのだ。

「しかし、すげぇな。
 アキラが加わっただけで、こんなに早くここまでたどり着いちまうなんて……」
 その後も、待ち伏せていたスーツ姿の敵を難なく突破していったアキラたち。
 そして、彼らは最終地点である地下鉄のホームへと辿り着いたのだった。
 制限時間5分のタイムアタックだったが、ここまでにかかった時間はおよそ3分。
 まだたっぷり2分を残しての到着である。
 ちなみに、アキラが参加していない時には、この時点で1分を切っているそうだ。

 あとはホームにいる6人を撃破すれば『クエストクリア』なのだが……
 問題はここからなのだ。
 6人それぞれが、ホームにある柱に隠れると、そこから銃を乱射してくる。
 残り少ない時間で籠城作戦のごとく、身を潜めている相手にソラは恨めしい気持ちでいっぱいだった。

「時間を掛けてこいつらを倒すんなら問題ねぇんだけどよ。
 残り時間があるとなると、焦って突っ込みたくなっちまうんだよ……」
 実はこのクエスト、『青天木馬』の誰もクリアしたことがないのだ。
 いつもあと一歩の所で電車がホームについてしまい、標的を逃がしてしまう。
 いわゆるタイムアウトになってしまうのだ。

「ソラ。その気持ちわかるぜ。
 突っ込みたくなったらよ。突っ込んじまえばいいのさっ!!」
「なにをバカなこと言っているんだ。
 君が軽率な行動をすれば、他のみんなに迷惑がかかるんだぞ!」
 アキラの言葉についに我慢ができなくなったのか、ラインがあからさまな態度を示してきた。
 彼の言う『みんな』とは、ユウナ一人のことを指しているのだろう。
 それをすぐに察したアキラだったが、敢えてそこには触れない。
「ライン。まぁここは俺を信じてくれ。」
 今日会ってすぐに相手を信じろと言われても、すぐに信じられるわけがないだろう。
 そんなことは、アキラだってわかっていた。
 ましてや、彼の推測が正しければ、この少年はユウナの事が好きに違いない。
 なにかとユウナの彼氏と言わんばかりの扱いを受けているアキラのことを彼が好むはずもないのだ。
 彼に申し訳ない気持ちになるアキラ。それと同時に彼とは仲の良い友達になりたいとも思う。
 なぜなら、アキラもまたユウナの事が好きなのだから……
 同じ女性を好きになったラインを他人には思えなかったのだ。

 アキラにとってユウナは、今以上に親しくはなれない存在。
 幼馴染である立場上、それ以上の関係を求めることはとても難しい事なのだ。
 自分には叶わない感情を、ラインには叶えてもらいたい。
 そこまで考えているほど、彼はお人好しな性格をしていた。
 
 真剣な表情でラインを見据えるアキラ。
 彼の真っ直ぐな眼差しに耐え切れなくなったのか、ラインはアキラから顔を背けると、
「だったら、やって見せろよ!口だけじゃないってところをなっ」
 そう言い放った。

 アキラは含みのある笑みを作ると、銃弾の飛び交うホームへと飛び出していった。

 ホームのど真ん中を駆け抜けるアキラに、敵の弾丸が集中砲火される。
 しかし、彼は手にした剣を振り回すと、そのまま直進していく。
 決してやみくもに振り回しているわけではない。彼に向かって飛んでくる弾丸の一発一発を切り落としているのだ。
 彼の周囲には、剣から発せられた赤色のエフェクトの残像が待っている。
「あ。あいつ。化け物かよ……」
 呆気にとられていたソラがつぶやく。
「さすがに、マシンガンの弾は弾けないけど、単発の銃弾なら私でもやれないことはないわよ?」
 ユウナは強がってそう言ったが、さすがの彼女でも6人から打ち出された弾丸を全て弾き落とす様な芸当をしようとは思わない。
 だが、アキラの真骨頂はここからだった。

 左手で着用していたコートからハンドガンを取り出すと、一番近くにいる敵に向かって撃ち放つ。彼が銃スキルを得意としていないことは周知の事実だったが、それでも肌身離さず携帯しているのには理由がある。

 それは単純に相手の動きを封じるためだ。
 いくら当たらないといっても、銃を向けられた相手は物陰に身を隠すしかない。
 今回の場合は、ホームの柱がそれにあたる。
 案の定、銃を向けられた標的は、アキラの予想通り柱の裏に身を隠した。
 彼はそのまま相手の隠れている柱に接近すると、その遮蔽物もろともぶった切った。
 
 3Dポリゴンで作られた精巧な柱のオブジェクトが斜めに切り割かれる。
 その裏に隠れていた標的の頭上にはダメージを表す数値が浮き上がった。
 
 一撃で、敵の死亡フラグがたつのを確認すると、次の標的へと狙いを定める。
 同様に威嚇射撃を見舞ったのちに、柱ごと敵を切り裂いた。
 

――残り4人。
 今度は左右の柱に隠れる二人に対し銃弾を浴びせると、瞬く間に両方の柱を通過していった。
 彼の通った後には、X字に刻まれた赤色のエフェクトが空間に停滞していた。
 次の瞬間、左右の柱が斜めにずれ落ちた。

――ラスト2人。
 あっという間に4人の仲間を失った敵――といってもシステムが作り出したNPCだが――は、怒ったのか武器をかなぐり捨てて、本来の姿に変身する。
 そう、彼らは人と狼の混血種。狼男なのだ。
 
 身に着けていた黒いスーツがビリビリに裂け、上半身がむき出しになる。
 彼らの肌は青色に変色し、爪が鋭利に尖った。
 2体の狼男達は、走り寄るアキラにその爪を突き刺そうと腕を伸ばした。
 しかし、アキラは怯むことなく剣を1回転させると、彼らの突き出してきた腕を切り落とした。
 悲痛の声をあげて叫ぶ狼男たちの後ろへと回ったアキラは、くるりとターンすると同時に2体まとめて横凪にした。
 

 甲高いファンファーレが鳴り響く中、ソラ、カオル、リンナの3人の拍手喝采を浴びるアキラ。
 恥ずかしそうに髪をdいた彼に、称賛の言葉が掛けられた。
「すげぇよ。お前、まじすげぇなっ!
 1分以上の余裕をもってクリアするやつなんて初めて見たぞ」
 ソラのこれ以上ない誉め言葉に、アキラのゲーマーとしての血が騒いだ。
「そうか?まぁ、お前らがクリアできなかったってことは、このクエストのランキングは俺が1位かもな……」
 そう言ったアキラだったが、突然の失笑で空気がシラケたものになる。
 彼を笑ったのは、他の5人ではなかった。
 全然別の人物――

「ははっ。クエスト1位だって?笑っちまうぜ。
 そう思うんだったら、確認してみろよっ!」
 そう言い放つのは、ずっとホームにいた一人の男性アバター。
 5人はその人物がプレーヤーだという認識すら持っていなかった。
 ただの背景……システムが作り出した市民だと思い込んでいたのである。

 そして、アキラはその人物を知っていたのだ。
 彼は、先程リズと『シャンハイ』のバーで会話していたリオンだったのである。
 リズと会話していたときの彼は人懐っこい好青年に見えたのだが、今は安っぽいチンピラの様な物言いをしている。
 
 アキラは左手の腕時計型ディスプレイで、クエストの情報を確認する。
 そこには、今挑戦したクエストの過去の戦歴が表示される。
 その中から『全体ランキング』の項目を選択する。
 表示された情報を確認したアキラは、そこに表示された記録に度肝を抜かれた。
 
≪第1位 リオン クリアタイム 2分58秒≫
≪第2位 オボロ クリアタイム 3分01秒≫
≪第3位 リズナブリット クリアタイム 3分23秒≫
≪第4位 アキラ クリアタイム 3分57秒≫

――リズ!?なんであいつが……って、それよりもこの上位2人の記録はどうなってんだ?
1位のリオンなんて3分を切ってるし……

「わかって貰えたかな?こんな低レベルのクエストに4分近くも掛かっているようじゃ話にならねぇな!
 リズ姉さんの相棒だから、てっきりもう少しヤル奴かと思ったのに……」
 リオンの言い方に怒りを覚えたアキラは、彼を睨み付けた。
「俺はさ……リズ姉さんの記録を打ち破るために、あの人がクリアしたクエストを回ってるわけ、そんでもって記録もぶち抜いてやってるんだよ。」
 アキラの鋭い視線を気にも留めないリオンはさらに挑戦的な言葉を発した。
「なんか生意気な目してるね。アンタ。
 なんならそこの可愛い女の子3人を賭けて、どっちがこのクエストを先にクリアするか勝負するかい?」
 舐めるような視線で3人を見回すと、最後にアキラを小バカにしたような目で見る。
 
 アキラは拳を強く握りしめて耐えた。
 ここで彼が相手の挑発に乗れば、3人に迷惑がかかってしまう。
 残念なことに、この記録を見る限りアキラに勝ち目はなかった。
「なんだよ。やらねぇのか?
 情けねぇよナァ。女の子たち、こんな奴ほっといて、俺とデートしようぜっ!」
「……さぁ。変なのは置いておいて、行きましょう!」
 ユウナは冷戦な口調で話の腰を折ると、リオンに背を向けた。
「んだよ。連れねぇなっ。ショボイ男にくっついてるくせによぉ。
 ちょっとかわいいからって真面目ぶってんじゃねぇよ。ボケっ!!」
 その言葉を聴いた直後、アキラの我慢が限界を超えた。

 怒りに身を任せた彼は、一度鞘に戻した剣を再び抜きながら目の前の男性アバターへと走り出そうとする。
 だが次の瞬間、アキラの左頬に鋭い痛みが走った。
 さらに彼の背後にあったアニメ動画が流れている壁掛けディスプレイの砕ける音が聞こえる。
「トロいんだよ。このウスノロっ!
 今頃エンジンに火がついても、この一撃でお前は死んでるっての!」
 そう言い放ったリオンの右手には銀色のピストルが握られていた。

 アキラの左頬から鮮血が流れ出る。
「くっ……」
 彼には、それ以上発する言葉が残っていなかった。
 そのタイミングで、アキラたちがクエストを始めてから5分が経過する。
 ミッション失敗の際に、先程の狼男たちが乗るはずだった電車が、ホームへと滑り込んできた。

「悔しかったら、もっと腕をあげて出直してこい。
 それから、ここらのクエストは俺たち『紅蓮魔道会』が仕切らせてもらうぜっ!」
 リオンはそう言うと、やってきた電車の中へと入って行った。

 アキラは車内に入っていくそのアバターを、ただ睨むことしかできなかった――

感想・読了宣言! 読んだの一言で結構です