SS1 3話
大都市『デカトロン』。HBOに数多く存在するプレイヤーの『街』のなかでもっとも古くから存在する『始まりの街』。その滞在者数もさることながら、最も地価の高い都市でもある。
『連合会議棟』はその中心の位置する高層ビルである。全建築物の中でも最も高く、地上から見上げると、上層部は描画し切れていないほどだ。その為、この街のシンボルタワーとして観光名所ともなっている。
その建物の最上階に4強の会議施設が存在する。もちろんここ以外にも会議施設は存在するのだが、特別な事情がない限りはこの場所に4強は集まることになっていた。
タイラントが敗北したというニュースは、すでに多くのプレイヤーを騒然とさせていた。
時折、『アニキ』と言って涙を見せるプレイヤーもニュースに取り出たされている。ユウナはあんな男でもそんな風に慕う人間がいたんだなと少し甲斐性深くなっていた。
『連合会議棟』にたどり着いたユウナとラインは、エレベーターで最上階の扉を開いた。
フロアーに一歩出ると、そこには多くのプレイヤーでごった返していた。突然の訃報で、各方面への対応に追われているのは、聖騎士率いる『リバティ』のメンバーたちだろうか。
2人は4強とその関係者以外立ち入り禁止である奥の部屋へと入る。
そこは豪華な待合室が用意されている。革張りのソファー、ガラスで作られたテーブル、煌びやかなシャンデリア。そして、なんといっても目に付くのは、地上137階の頂上から見下ろす景色だろう。余りの高さゆえ、下の方は描画しきれてはいないが。
その全てを鮮明に見ようとするならば、システムの描画速度を『低』に設定することで最高精度の景色を堪能することができる。その分描画速度にラグが生じるため、戦闘時には避けるべき機能である。
「ラインっ。見て横の景色!ロマンチックじゃない?」
ユウナはすでにその機能を使用しているらしく、目を輝かせて窓に寄り添った。
「はぁ」
ラインはと言うと、気のない返事でゆったりとしたソファーに腰を下ろす。
「うおっ!このソファーすっごいふかふかじゃん!」
今度はラインが目を輝かせて、そのソファーの触り心地を確かめ始めた。
「まったく、うるさい連中だねっ!」
金髪の長い髪を搔きあげ、頬ずえをして彼らを見ていたのは、『ドリームシアター』のマスター、マリア・ノーベルだ。彼女は、整ったその表情に似つかわしくない冷血な目を彼らに向けると、残酷な言葉を告げた。
「まったく。タイラントのあの筋肉馬鹿は、アンタに4強の力が弱くなるとか言っておきながら、自分が負けてちゃしょうがないわよね。おかげで4強の形無しだわよっ」
「たしかに、あの人の言い方はどうかと思いますけど、これだけ多くのプレイヤーに慕われていたということは、それだけの器がある人だったんだと思いますよ」
ユウナが彼女に挑戦的な目で言った。
――おいおい。こいつは4強全員と喧嘩がしたいのか?なんでそんな次から次へと敵を作るようなことを言うんだよっ!
ラインは、内心はらはらしながら2人を見ていた。
万が一、『ドリーム・シアター』と事を荒立てるようなことがあれば、こちらに勝ち目はないのだ。
「フッ。アンタも変な女だね。あんなに目の敵にされたってのにさ。あの男を庇っちまうなんて!」
にこやかな表情になったマリアは、そのままの態勢で告げる。
「あの$%&#野郎の肩を持っても、いいことなんてありはしないよ!どうせもういないんだしねっ!」
HBOの通訳機能は優秀である。互いの言葉が分からなくても、瞬時に言語を変換して相手に伝えてくれる。しかし、通訳不可能もしくは不適切な言葉を離した場合、それが正確に変換されないこともある。
ラインはこの美しい白人女性の口から、まさかそんな不適切な言葉が告げられているとは思いたくなかった。
眉を動かすことなく、にこやかに告げる彼女の言葉を通訳機能がバグって誤変換しているのだと思い込みたかったのだ。
もちろんそんなことはなく、至って正常にプレイヤーの声をそのまま通訳しているだけなのだろうが。
「またせたな!」
そう言って会話を打ち切ったのは、『リバティ』の聖騎士だった。ラインは彼の登場に心から拍手を送りたい気分だ。
4人は奥の会議室へと入っていく。
中央に円卓の用意された部屋。というよりも、それ以外に余計なものはいっさいない。
席に座れば、専用のディスプレイに情報が表示されるためとはいえ、先程の待合室と比べると装飾品などが一切ないため、いささか殺風景にも見える。
「さて、今日集まって貰ったのは他でもない。四天王結社の1つ、『イエロー・ジョーカー』の壊滅。および、そのマスターであるタイラントの敗北についてだ」
『!?』
聖騎士以外の一同が驚いた。彼が言った内容はタイラントの死亡だけではなく、その秘密結社全員の敗北だったのだ。
「うそでしょっ!あいつが一人で高レベルクエストに行って、勝手にやられたんじゃなかったの!?」
マリアが口に手を当てながらそう言った。
「うむ。生存者からの情報によると、彼らの本拠地で起きた出来事の様だ」
「……相手は、一体何人で攻め込んできたんですか?」
今度はユウナが尋ねた。4強を狙ったのが一般プレイヤーだとすれば、次に狙われるのは自分たちかもしれないのだ。だが、聖騎士は意外なことを告げた。
「1人。たった1人のプレイヤーによって、当時300人以上はいた『イエロー・ジョーカー』を殲滅したのだ」
「っ!!!」
その場にいた全員が言葉を失った。
四天王結社をたった1人で殲滅することができるようなプレイヤーが、このHBOに存在する。そんなバカげた事実を付きつけられたのだった。
「正体は不明。なんでも、そいつは黒いローブを羽織り、フードを頭までかぶっていたらしい。
それと……そいつにはプレイヤー名が表示されていなかったそうだ。」
1人聖騎士が淡々と事実を告げていく。
そんな怪物じみたプレイヤー。存在するはずが――いや、ユウナには心当たりがあった。
ラインもそしてマリアも同じ人物を想像したようだ。マリアがユウナに視線を移すと、まるで彼女に責任を取れと言わんばかりに告げた。
「はっ。そんなやつ、1人しかいないわよねぇ?『青天木馬』の大将さん?
たしか、あんたの元彼もプレイヤー名が消えっちゃったんじゃなかったかしら?」
「…………」
ユウナは無言で机の一点を見つめていた。隣に座るラインが彼女を見つめる。
いや、その場にいた全員が彼女に注目していた。
「『ドラゴン』!」
ふいに聖騎士がその言葉を口にすると、ユウナが微かに体を震わせた。
「あ、アキラは。あの人はそんな意味のないことなんてしませんっ!!」
ユウナは机に身を乗り上げると、大声で叫んだ。
「意味はあるだろう。やつはログアウト不能。いわば≪ゴーストプレイヤー≫だ。
やつが現実に戻るにはHPがゼロ、つまりゲームオーバーにならなきゃいけない。
聞くところによると、奴は自動回復スキルがあるせいで死ぬに死ねないそうじゃないかっ!」
聖騎士が、彼女に意地悪な言葉を発した。
「確かにそうなのかもしれませんが……だからって、相手を殺す様なことはしませんよっ」
「わからんぞ?自分を倒せないタイラントに嫌気がさし、奴らを葬ったのかもしれん。
そうなると、次の強者を探しているはず。そうなれば自然と、ここにいる4強を抹殺しにくるはずだっ!」
「っ」
ユウナは、それ以上彼を弁護する言葉が思いつかない。このままでは、彼女の大切な人が4強に狙われてしまう。
「ふふっ。その様子じゃあ、あいつが犯人だとは全く思っていなさそうだネっ!」
「?」
その場に居合わせた4人の誰でもない、別の人物の声が発せられた。聖騎士以外の3人が驚いて、部屋の入口に視線を移す。
「う、うそでしょっ?なんで、あなたが生きてるのよっ」
「ハロー」
そこに現れたのは小柄な少女。リズナブリットだった。
「?」
ラインは怪訝な顔で、隣に座るユウナを見やった。
「ユウナ。知り合いなのか?」
「知ってるも何も、現『紅蓮魔道会』のマスターよねぇ?」
固まったユウナに変わり、マリアが彼女を紹介した。
「『紅蓮魔道会』だとっ」
ラインは、かつてユウナやアキラたちと闘った宿敵だと知ると、椅子から立ち上がって身構えた。
「元気のある坊やだねっ。私はあんたらに感謝こそすれ、恨んでなどいないぞ!」
「そんな言葉、信用できるかっ!俺らはお前らを潰したんだぞっ!!」
いきり立つラインをユウナが静かに制した。
「落ち着いて。彼女は敵じゃないの。私の友達……リズ。あなたは死んだと思ってたんだけど?」
ユウナは、目の前にいる死んだはずの旧友にそう告げだ。
「ああ。死んださ、≪リズナブリット≫というアカウントはネ。まぁ、別アカウントがまだ残っていた、それだけのことだよ」
リズはそう言って、円卓の開いていた椅子に座る。その場所は、タイラントの座る席だった。
「ちょっ、ちょっと。4強でもないのに勝手にそこに座らないでもらえるかしら?」
マリアが彼女にそう言ったが、リズはどっかりと腰を落ち着けると、わざと踏ん反り返って見せた。
「私は聖騎士の命で、新しい4強の1人としてここにきたんだけど?」
「!?」
マリアは驚いた表情になると、対面に座るリズから右斜め前に座っていた聖騎士へと視線を移す。
「そういうことだ。現状、4強のパワーバランスを考えれば、彼女が適任だと俺が判断した。
……依存があるか?」
「…………」
マリアは依存ありまくりだと言わんばかりの態度を示したが、口ではそれを否定しなかった。
彼女もリズの実力は認めている。両手拳銃の使い手、ガンナーとしては最強と呼ばれる彼女より、4強にふさわしいプレイヤーをあげることができなかったのだ。
「そういうことだ。これで新しい四天王会を結成する。『紅蓮魔道会』には再び四天王結社の地位を与える。
――そして、我々に手を出した『ドラゴン』の対処を考えて行かねばなるまい……」
「それは、彼の討伐を行うということですか!?」
ユウナがそう言って反対したが、それを撤回するだけの理由はなかった。
そして4人の最強プレイヤーたちは、『ドラゴン』の討伐計画について話し合いを始めた――