SS1 2話

 『神禅の森』は高レベルプレイヤー層向けのフィールドである。
 その最深部にやってきた2人は、腕時計型のディスプレイに表示された情報を確認した。
 森丸々1つがそのフィールドの範囲なのだが、ユウナ達が確認している3Dマップには2人以外のプレイヤーの姿はない。高レベルプレイヤーと鉢合わせすることもほとんどないのだ。
 3Dで表示されているのは延々と続く森林ばかり、ここが迷いの森と呼ばれるのもうなずける。
 目標物がなければ、自分がどこからやってきたのか分からなくなってしまうのだ。
 幸い、彼らは『イエロー・ジョーカー』のマスタータイラントから、落としたアイテムのおおよその座標を教えてもらっていた。その場所がちょうど今彼らがいる場所なのだ。

「で、どこにその『天狗』の何たらが落ちてるってのよ……」
「≪天狗の面≫だ!……確かに何もないな」
「ほらやっぱり、すでに他のプレイヤーにとられちゃったのよっ」
 ユウナはそう言うと、ディスプレイを操作し始めた。
 
 ラインは彼女が何かをしている間、退屈凌ぎにあたりを捜索していた。
――ほんと、なんにもないところだな……
「?」
 そこで彼は見つけてしまう。茂みの奥、木々の葉を揺さぶりながら歩く巨大な影を。
――なんだ……あれっ
 ラインは目を凝らしてその影の正体を探る。
 白い毛並みの大男。身長は3メートルはあるかという≪メガホワイトムンク≫だった。
 
 先程ラインたちが戦っていた白毛のゴリラみたいなモンスターが≪ホワイトムンク≫。そのメガサイズ版がそこにいたのだ。

――やつらの親玉か?仲間をやられて怒ってんのかもな……しかし、あんなのとやり合ったら面倒すぎるぞっ!

 ≪ホワイトムンク≫との距離は30メートル。2人は木々の中にいるので、そうそうには見つからないはず。ラインは息を飲んで、そいつが立ち去るのを見守っていた。

 ふいに、ユウナが叫んだ。
「だぁ〜もう!タイラントの野郎。通信しても捕まりゃしないっ!」
「ばかっ!!」
 ラインは彼女の口を手で塞ぐと、再び≪ホワイトムンク≫の方へ顔を向けた。
 そこには、ご乱心の様子でこちらに向かって全速力で走り出すモンスターがいた。
 2人との間にある木々を全部なぎ倒しながら向かってくるその姿は、まるで大岩が転がってくるような迫力である。

「だあああああ!」「きゃあああああ!」
 二人は同時に叫び声をあげると、その大岩から背を向けて逃げ出した。

「ちょ、ちょっとなにあれっ!?いくらなんでも……デカすぎるでしょっ」
「知らねぇよっ!つか、お前が叫ばなけりゃ相手は気づいてなかったんだよ!」
 2人は走りながらお互いを見た。
「パスっ!今回はラインに譲るわ」
「馬鹿言うなっ!2人で同時に掛かって倒すんだよっ!」
「ちぇっ!」
 ラインとユウナは一気に立ち止まると、巨大モンスターの前に立ち塞がった。

「ユウナっ!コンビネーション・スキルだ!」
「しかないわね……」
 コンビネーションスキル、他プレイヤーと繰り出すコンビネーション技である。通常のダメージにボーナスダメージが加算されるシステムだ。相手とまったく同時、もしくは息を合わせた連撃を与えなければならない。ちなみに、ユウナとラインがコンビネーションスキルを発動させたことはない。

 2人は左右に分かれると、目の前に迫っていた≪メガホワイトムンク≫の左右に飛び上がる。
「うおぉぉぉぉ」
「はあああああああ」
 ラインは≪ドラゴン・スレイヤー≫を振り上げると、巨大モンスターの頭部に目がけて振り翳した。
 ユウナも同じく頭部を切り付ける。

「グォォォォッ」
 
 ダメージを負った≪メガホワイトムンク≫が雄叫びをあげた。しかし、コンビネーションスキル特有のバカげたダメージは与えられていない。
 2人は緊急回避する。そのすぐ後にモンスターが大きな腕を振り上げて、周囲の木々をなぎ倒した。
 二人のコンビネーションスキルは発動しなかった。ユウナの斬撃速度がラインの一撃よりも早かったのだ。
「やべぇっ!失敗だっ!」
「そんなことは分かってるわよっ。とにかく逃げるわよっ!!」
「待てっ、ユウナっ!」
「?」
 ユウナはすぐ隣を走るラインの方へと顔を向けた。
「奴の背中に≪天狗の面≫がついてやがった!
 どういうわけか知らないけど、偶然奴の背中に乗ったんだろうなっ」
「まじ……」
 ユウナは悔しそうな目を後ろから迫ってきた巨大モンスターに向けた。

「俺がおとりになる。その隙にユウナは相手の背後からアイテムを奪い取れっ」
 ラインがそう言うと走る速度を緩めた。
 ユウナはすぐに大きく旋回を始める。
「こいよ。デカブツ!俺が遊んでやるっ!」
 ラインは大剣を構えると速度を緩めずに突進してくる巨大モンスターに立ち向かっていった。

「うおおおおおっ!」
 ラインは雄叫びをあげて、相手のすぐ脇を通過する。それと同時に一撃を見舞った。
「グォォォォ」
 雄叫びをあげる≪メガホワイトムンク≫は、振り返ると同時にラインを殴りつける。
 ラインはその屈強な剛腕を≪ドラゴン・スレイヤー≫で受け止めようと構えた。
 だが、彼の体は難なく後方へ弾き飛ばされてしまう。
「っ」
 近くにあった大木に背中を強打しラインは息を零した。
 顔をしかめた彼の視界にはゆっくりとした大きな歩幅で迫ってくるモンスターの大きな影、そしてその背後に飛び掛かって行った小さな影が映った。
 その小さな影が、≪メガホワイトムンク≫の横を通り過ぎるのを確認したラインは叫び声をあげて走り始めた。
「うおおおおっ!一切、手加減無しだぜっ!」
 高速で移動した彼は巨大モンスターの右足を切り付けると、そのまま股を潜り抜けた。
「グォォォォッ」
 ちょこまかと移動するラインに苛ついたのか、≪メガホワイトムンク≫は背後に回った彼の方へと体を旋回する。
「グォォォ……ォッ?」
 突然、モンスターはその巨大な体格を大きく揺らすと地面に膝をついた。
 その右足部からは大量の出血エフェクトが発生している。
「おしっ。あいつの足を破壊したっ!」
「んじゃあ一気に逃げるわよっ!」
 彼に合流してきたユウナが叫ぶ。
 2人は一目散にその場を立ち去って行った。

 ユウナとラインは森から抜け出すと安全な場所に腰を下ろした。
「はぁはぁ……しかし、あれが≪ホワイトムンク≫の親玉ってことか?」
「し、知らないわよ。……あぁ、ついでにクエストのクリアもしてきたかったのにな……」
 ラインはげんなりした顔で、彼女に言った。
「そもそもこのクエストって、≪ホワイトムンク≫の住処を一掃するってやつだよな?
 どの道、さっきの奴を倒さねぇとクリアできないんじゃないか?」
「うっ。なら弱ってる今がチャンスかも!
 もう一度、討伐しに戻る?」
「馬鹿言えっ!こっちは何とか命からがら逃げだしてきたんだぞ!?
 それにもう回復ポーションが切れちまった。」
「そうね。例のアイテムが手に入っただけでもよしとしましょう。」
 ユウナは、左腕にある腕時計型ディスプレイを操作し始めた。タイラントへ任務が完了したことを知らせるためだ。

「えっ!!」
「ん?」
 彼女が小さく声を漏らすのを聞き逃さなかったラインは、何があったのか彼女に尋ねた。
「今度はなんだよ?もう走れねぇぞ!」
「……タイラントが死んだ。」
「は?」
 ラインは彼女の行っている意味がよく理解できず、間抜けな声をあげた。
「あのタイラントが死んだっていったの!
 4強が誰かに倒された……」
「嘘だろっ!?あの武闘派のオヤジがそんな簡単に倒されるわけねぇ。
 相手がモンスターだったとしても……」
 ラインはそこで想像した。あの威張り散らしている屈強な男が、彼らのようにモンスターを前にして逃げ出す様を。

「ほら見て!」
 ユウナが、ラインに自分のディスプレイを見せてきた。
 そこには≪プレイヤー名 タイラント 様は存在しません≫と表示されていた。
 HBOにはプレイヤーの検索機能が存在している。相手へ対話の申し込みや居場所を探したいときに使える機能なのだ。そして、オンラインの状態でない場合は≪オンラインしていません≫と表示される。≪存在しません≫は初めから登録されていないプレイヤー名、もしくはHPがゼロになってアカウントを抹消された場合のみである。
 川にいた時、ユウナは彼に通信を申し込んでいる。繋がりはしなかったが、その時はまだ彼は生きていたということだ。そこから今までの間、およそ1時間のうちに、彼のみに何かがあったということになる。

「ラインっ!とりあえずこのまま『連合会議棟』に行ってみましょう!」
「そうだな……」
 正直、もうくたくたで、早く『青天木馬』の自分の部屋に戻りたかったが、今はそんなことを言っていられない。
 2人は、そのフィールドを後にした。

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