SS1 1話

 とある森の奥地。
 2人のプレイヤーがクエストに参加していた。
「とりゃあっ」
 威勢をあげた少女は、白毛のゴリラの様なモンスターたちの群れにいた。
 四天王秘密結社『青天木馬』の大将、ユウナである。

 長い茶色い髪が靡くと、1匹のモンスターを切り裂く。さらに足技を使ったコンボ技で相手のHPを削っていく。彼女の攻撃力は決して高くない。その分速度を活かした連続技で相手を翻弄するのだ。
 白毛が真っ赤に染まりHPがゼロになる。死亡フラグを表す緑のエフェクトがそのモンスターの体を包んだ。
 残りのモンスターたちは怖気づいたのか、後ろへさがる。
「ははん。そんなに私が怖いのかしら!?」
「はぁ。なにを遊んでるんだ?」
 彼女の背後から声を発したのは、長身の男性プレイヤー、ライン・トラヴァルトだ。
 彼の背には身の丈に収まりきらない程の大剣、≪ドラゴン・スレイヤー≫が収められていた。
 その後ろには、6匹ものモンスターたちが倒れている。どれもすでに死亡フラグが立っていた。

 ユウナは彼の戦果を確認すると、目の前で怯えきった表情のモンスターたちが自分に恐怖しているのではなく、彼によるものだと理解する。
「まったく。私の方が強いってのに、こいつらときたら……」
「……ごもっとも」
 ラインは彼女と同じく『青天木馬』の副大将である。少なくとも立場上は彼女の方が上なのだ。
 
「ラインっ!あんたは手出ししないでよ?こいつらは私の獲物!!」
 そう彼女が言うと、ラインがまたかという表情で了解した。

「ふふん。4強の力見せてやるわよ!」
 彼女がそう言って走り出す。閃光の異名を持つ彼女は、≪鷹≫と人の混血種。
 ≪鷹≫は全混血種の中でも最速の種族である。
「ユウナ。こいつらけっこうレベル高いぞ。あんまりはしゃぐと酷い目にあう――」
「きゃあっ」
 
その時だった、今まさにモンスターたちの群れへと攻め込んでいた彼女の姿が消える。
「っ!?ユウナっ?」
 すぐに背中の大剣を抜くと、先程までユウナがいた場所へと走っていく。白毛のモンスターたちが彼の行く手を阻むように接近してきた。
 ユウナからの命令だが、この際は聞いていられない。彼は≪ドラゴン・スレイヤー≫を横凪にした。それだけでその場にいた全てのモンスターが薙ぎ払われた。

 ラインは彼女が消えた草むらを慎重に歩くと、その原因を発見する。
 そこには一人分の大きさの穴が開いている。どうやら彼女はあのモンスターたちの習性によって作られたその穴に落ちたようだ。彼らの習性、それはすなわちトイレの穴だった。
「ぎゃああああっ!」
「うっ」
 穴の中にいたのは、想像通り下半身を汚物の中に浸かったユウナだった。
「最悪。ちょっと、ライン。引き上げてよっ!」
 ラインは左手で鼻をつまむと、穴の中の彼女に右手を差し出した。
「むぅ。私だけこんなひどい目にあったってのに!」
 何が気に食わなかったのか、彼女は差し出されたその手を引っ張った。
 その勢いでバランスを崩したラインが穴の中へと落ちる。

「んがっ!臭い。ってか、なんで俺まで穴に落としたんだよっ!!」
「なんかムカついたから……」
「そ、そんな理由でかっ!どうするんだよっ」
 騒いだラインは、ユウナよりもっとひどい状態だった。頭から汚物に浸かった彼は、全身汚物塗れとなっていた。そして、この穴は長身の彼よりも遥かに深い。

「ちょっと、臭いんだから近寄らないでくれる?」
 ユウナは鼻をつまむと、ラインにあっちに行けと命令する。
「狭いんだからしょうがないだろう。ってお前のせいじゃないかっ!」
「信じらんないっ!自分の注意不足を人のせいにするなんてっ!」
 ユウナは悪戯な目で彼に言い放った。

「さてと……ラインをからかって遊んだことだし、そろそろ臭いから出ましょうかっ」
「おいっ」
 彼女はそう言うと、1丁のハンドガンを取り出した。
 その銃口を穴の外に向けると、トリガーを引く。すぐさまワイヤーの付いた弾丸が射出される。弾丸からかぎ爪が出現すると、穴の外にあった地面に引っかかった。
 彼女は銃に付いたボタンに指を掛けると、顔をラインの方に向ける。
「ラインは置いてっちゃおうかなっ!」
「待てっ!」
 ラインがユウナに飛び掛かると、すぐさま2人は穴の外へと飛び出していった。
「エッチっ」
 ユウナに抱きつく格好となったラインは、彼女の胸に手を当てていることに気づくと、すぐさま離れた。
「い、今のは不可抗力ですよっ!!」
「へー」
 彼女が蔑んだ目で彼を見てくる。
「だぁーっ、ちくしょう。俺が悪かった!」
 ラインがそう言うと、すぐに彼女の機嫌が直った。

 2人は近くの古川で体に付いた汚れを洗い流していた。
「ったく。お前とクエストを組むといつもひどい目にあうっ」
「あら、心外だわっ!それはこっちのセリフよ。いつもラインのピンチを救ってあげているのはどこの誰だったかしら!?」
「……………」
 ラインが大きく肩を落とす。
「何言ってんですか。いつも、いつもいつもいつも……あなたがドジを踏んで、俺が助けてんでしょうがっ!!」
 とうとうキレて強い口調になったラインに、ユウナが笑みを零した。
「もう、ラインはすぐに拗ねるんだからっ!冗談よっ」

 彼女は鎧の下に着ていたTシャツ姿になると、鎧を洗い始めた。
HBOでは水にぬれた場合、30秒経過すると勝手に乾くようになっている。
 先程まで水に浸かっていた彼女の上着は濡れたままだった。

「……ユウナ。お前、ゲームの中でも下着付けてたんだなっ」
 ラインがそう言うと、彼女の胸元を見つめていた。
 ユウナの黒い下着が透けて見えている。
「がぁっ!ライン殺す!」
「だぁっ。すみません。今回は完璧に俺が悪かったです」
 ラインが深く頭を下げた。
「で?」
 なにを思ったのか、彼女はラインに尋ねた。
「『で』って、あ……いや、イイモン見せてもらいましたっ!!」
 ユウナがそばに置いてあった≪クインズ・ソード≫を手に取るのをみたラインがそう告げる。
「違うでしょうがっ!大小を聞いてんのよっ。誰が感想を言えといった!」
「わかるかっ!何を俺に言わせんだよ!」
 
 
 体を洗い終え、陸に上がった二人。
「さぁ。バカなことやってないで先を急ぐわよ!」
 歩き出す彼女の表情からはもう笑みが消えていた。
 そのすぐ脇には右頬に赤い手の後を残したラインが、彼女の後に続く。

――元四天王結社の『紅蓮魔道会』を撃破したユウナたち『青天木馬』は、現在正式な四天王結社として認めてもらうべく、とある任務に就いていたのだった。
 
あの激闘から、もう2週間が経過しようとしていた時だった。
 突然、彼女の元に1通のインスタントメッセージが送られてくる。

 その内容は、
≪『青天木馬』大将 ユウナ 殿
 我々、四天王会は貴殿を新たな『4人目』候補として、お招きしたく思っております。
 貴殿にその意思があるのでしたら、四天王会の連合会議棟までお越しください。
                  四天王結社『リバティ』マスター 聖騎士≫
 という内容のものだった。

 聖騎士は聖剣≪エクスカリバー≫を振るう最強の剣士。
 そして、『リバティ』は4強の中でも最大勢力を誇る。
 正しく、全プレイヤーの頂点に立つ人物からの『誘い』の手紙だったのだ。

 彼女はすぐにラインに相談する。『青天木馬』が最強の勢力となれるのだ。断る理由もないと言われ、彼を引き連れて『連合会議棟』という場所に向かった彼女たち。
 そして、『紅蓮魔道会』の退会により、3人となったそれぞれのマスターたちと対面する。
 そのうち、『リバティ』のマスター聖騎士はもちろん、『ドリームシアター』のマスターマリア・ノーベルも了承したのだが、最後の一人『イエロー・ジョーカー』のマスタータイラントが渋り始めたのだ。
「こんな小娘に4強の名を与えては、我々の立場が弱くなるんじゃねぇのか!?」
 彼はそう言いうと、腕組みをしてなにやら考え始めた。
 
「そうだな。こいつらの実力を確かめるには丁度いいかっ!
 実は俺が先日言ったクエストで、忘れ物をしちまったんだよ。そいつを取ってきてくれ!」
「はっ?ええと、それは地面にドロップしてきたアイテムを取ってこいという意味ですか?」
「そうだ。置いてきたアイテムは≪天狗の面≫だ。」
 ユウナの質問に彼が答える。
 普段の彼女ならそこでブチキレるところだったが、さすがに4強の手前そんな暴挙には走らなかった。
「いやいやっ。お言葉ですが、そんなアイテム。もう誰かが拾っちゃったんじゃないですか?」
「それはない!あそこに行けるようなレベルのプレイヤーは限られているからな!
 そうそう簡単にはクリアできないところなんだっ」
 彼はユウナたちを小バカにする表情で、「お前らにクリアすることができるか?」と罵ってきた。
「ジョートーじゃない。ついでに私たちがそのクエスト、サクッとクリアしてきてあげるからそこで楽しみに待ってなさい!」
 ユウナも負けじと強気な態度でそれに了承した。
「べつにそんなことしなくても2対1で、お前の4強入りは決定しているのだがな……」
 そうつぶやいた聖騎士の言葉などガン無視の彼女だった――

「ったく。要はあいつの小用事を任されたってことでしょ?
 良いように使いやがって!!あの男、絶対いつかほえ面かかせてやるわっ!」
 ラインの隣を歩く彼女が不機嫌にそう言った。
 そんなこんなで、ラインとユウナはここ『神禅の森』に来ていたのだった。

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