1章15話
「はぁっ?ドラゴンだぁ?
そんなおとぎ話みたいな混血種。このHBOには存在死ねぇんだよ!
これが現実っ」
マオは、右手に持った『血約の証』を揺らして見せた。
「お前のHPだってもうじきゼロに――!?」
彼女は目を見開いて驚いた。アキラのHPバーは全回復していたのである。
すぐにマオの『蛇』の鞭が彼に叩き付けられた。
5%。それがマオの全力で与えられたダメージである。
それもすぐに全回復してしまうアキラ。
「お、お前……自動回復スキルかっ!?」
「…………」
しかし、次の瞬間。アキラはそこにはいなくなった。
「あっ?」
「こっちだ!」
マオの後ろからアキラの声がする。怪訝な顔で振り向いた彼女は、そこにいる少年とその右手に握られた細い右手、さらにその右手が持っていた『血約の証』が目に留まる。
「うぎゃあああっ!?」
自分の右腕が引きちぎられたと理解した彼女は、大声でわめき始めた。
「き……きさまぁ!殺してくぁ゛$%&#……」
その瞬間、すでに彼女の左腕ももぎ取られてしまう。
「お……おまっ」
さらに、アキラは『ルーセント・エラゴン』の切っ先を彼女の喉元に突き立てた。
「くっ。ろ、ログアウトっ」
とっさに、彼女はオフラインになろうと自分の左腕に付けられたディスプレイを操作しようとする。しかし、彼女の左腕はアキラの手元にあった。
「あ゛がっ……」
マオは声にならない声を上げると思考を停止する。
そんな残酷な光景を目の当たりにしていたユウナは、
――こ、こんなの……アキラじゃあない……
心の底から恐怖を感じていた。
アキラは一瞬でしゃがむと、マオの両足を切り裂く。
そして、足を失った彼女が地面に倒れると、その上に馬乗りになった。
彼は淡々とマオの顔を潰していった――
◆
「あ、アキラ。アキラッ!」
毒から解放されたユウナが、アキラを摩る。
彼の下には、原形を留めていないマオの顔があった。すでに彼女の体からは緑の光が包んでいたが、アキラはお構いなしに殴り続けていたのである。
「アキラっ!目を覚ましてっ」
後ろから彼を抱きしめた。そこでようやく彼の動きが止まる。
「ゆ……ユウナっ!助かったのか!?」
「うん。アキラが助けてくれたおかげだよ」
その言葉を聴いたアキラは、ようやくマオの上から起き上がったのだった。
「うっ……殺してやるっ!いつか、必ず私は復活して、お前達を……」
往生際悪く暴言を吐いたマオに、アキラが睨みを利かす。『ドラゴン』の瞳に睨まれた彼女はそれ以上なにも言わなかった。
不意に、ユウナが誰かと交信を始めた。
「はい。わかりました……彼にも伝えておきます!」
「?」
事情の分からないアキラは、疑問の顔になった。ユウナが敬語を使う相手など、学校の先生意外に見たことがなかったからだ。
「どうしたんだ?」
「アキラのお父さんよ!なんか、アキラに連絡しようとしたみたいなんだけど、繋がらなかったんだって!
――それでね。例の任務、完了したからって!」
ユウナの言葉を聴いたアキラは、床に転がるマオを見下ろした。
「お前とはもう二度と会うことはないだろうよっ!」
捨て台詞を吐いたアキラは、ユウナと共に仲間の元へと去って行った。
「小僧っ。なかなかやるなっ!」
そう言ったワンは、ラインとの闘いを止めた。
「どうやらタイムアップのようだ。今回は引かせてもらうが、いずれこのケリはつけてやるっ!」
「?逃げんのかよっ!」
ラインの挑発には乗らず、ワンは軽く手を振って立ち去っていく。
「いったい……なにが起きたんだっ?」
「簡単な事よ。アキラのお父さんが言っていた密告者は、彼だったってこと!」
ラインたちに合流してきたユウナが告げた。その隣にはアキラもいる。
カオルに肩を借りながら近寄ってきたソラが尋ねてきた。
「よう、親友っ!お前らが無事ってことは、俺達は勝ったんだよな?」
それに対し、ユウナが満面の笑みで頷いた。
「うおおおおおっしゃあああああっ」
ソラが全身で喜びを表現すると、周りのみんなにも歓喜が伝染していった。
反対に敵兵たちは武器を床に落とすと、地面に膝をついた。
「……そんな……マオ様が負けるわけがっ……」
◆
「ずいぶんと、無様な最期だなっ!」
ワンは、両手両足を失い、HPもゼロになったマオ・リンに告げた。
「貴様もっと早く駆けつけてくれれば……まぁいい。
ワンよ。私はもう一度復活して見せるぞっ!それまで『紅蓮魔道会』を任せた。」
彼女は目で離れたところに転がっている自分の右手を示した。
ワンはその右手から『血約の証』をもぎ取ると再び彼女へ歩み寄る。
「私が不在の間。『紅蓮魔道会』を衰退させるんじゃないわ――」
彼女が言い終わらぬうちに、ワンの靴底が彼女の顔を覆う。
「!?きさま……何のマネだっ」
「あんたが復活することはありえねぇ!マオ、いや麻鈴はHBOでも現実でも終わったんだっ」
「?どういう?い゛っ――」
突然彼女は白目を向くと、動かなくなった。
ゲームの世界でなく、現実の彼女に何かが起きた。
ソラは、アキラをまじまじと見ると、
「アキラ。なんか雰囲気変わってねぇか?」
「……そうか?そんなことないと思うぞっ」
そう言ったのに対し、アキラが適当にごまかした。
「今日はもう疲れたし、帰って寝るべっ!」
ソラの言葉で、その場にいた全員にどっと疲れが押し寄せる。
「じゃっ。またあとでっ!
ログアウトっ!」
一番乗りでソラがオフラインになった。
続いて、リンナとカオルがオフラインになる。
あっという間にアキラ、ライン、ユウナの3人だけになった。
「約束通り、ユウナ様を守ったんだな……。一応礼をいっとく。」
「お前こそ、ソラたちを助けてくれたんだろ?」
「当然だっ。あいつらは仲間だからなっ!」
ラインとアキラが語り合う。
「さぁ、2人とも。続きは向こうに戻ったらね」
にっこりと笑ったユウナがディスプレイを操作する。
ライン、アキラも左手に付けられた腕時計型ディスプレイをいじり始めた。
最初にラインがオフラインになる。
続いてユウナがログアウトのボタンを押そうと指を近づけていた。
彼女はその途中で指を止めると、アキラの方へ顔を向けた。
「ありがとね」
「ん?」
「最後まで、あきらめないでいてくれて!
これからも……ずっと一緒だよね?」
「ああ。もちろん――」
アキラが言い終わらぬうちに、彼女はアキラの口にキスをした。
「アキラ。大好きっ!」
アキラは顔を真っ赤にさせると、それをごまかそうと自分のディスプレイに目を向けた、
「ふふっ。じゃあ、またあとでっ!」
「待てっ。ユウナっ!?」
「?」
アキラの顔色が悪いのを確認した彼女は、笑みを絶やすとアキラに歩み寄った。
「どうしたの?」
「ろ……ログアウトボタンがなくなった……」
「え!?」
アキラのディスプレイを覗き込んだユウナの顔色がみるみる青くなる。
「そ……そんな……」
彼女は声を無くした。
「大丈夫!私が向こうに戻って、事情を説明するからっ!!
みんなで考えましょう。最悪、みんなでダメージを与えてゼロにすれば現実に戻れるんだからっ!!」
「自動回復しても……か?」
二人は沈黙になった。
「と、とにかく……すぐに戻るからっここで待ってて!」
ユウナはそう言うとオフラインになる。
5分後、ユウナ、ソラ、ライン、カオル、リンナの5人が再びHBOに戻ってきた。
現実で話し合った結果、アキラのHPをゼロにする以外の方法がなかった。
火力のある5人でダメージを与えればきっと倒せる。そう思って帰ってきたのである。
だが、そこには誰もいなかった。
「どこだ?アキラっ!!」
ソラが叫ぶ。しかし、返事はどこにもなかった。
すぐにユウナがプレイヤーの検索機能を使ってアキラの所在地を探す。
システムの返答はこうだった。
≪プレイヤー名 アキラ 様はHBOには存在しません≫
通常、オフラインになったプレイヤーは、≪オンラインではありません≫と表記される。
≪存在しません≫は文字通り、HBOには登録されていないプレイヤー名ということだ。
ゲームでHPがゼロになった場合、もしくは最初から存在しない場合にしか使われない表現である。
アキラは生きている。
彼を愛するユウナにはわかっていた。
「……アキラ。どこに行っちゃったのよぉ!!!!」
彼女がもう1度アキラに再開するのは、それから1年後のことだった――
◆
とある都市のとある建物に4人の姿があった。
そのうちの3人は、椅子に深く腰を掛けている。
もう1人は黒いスーツ姿。3人に囲まれるように立っている。
「『紅蓮魔道会』の一件、ご苦労だったな。ワンっ!」
「……ありがとうございますっ!」
黒スーツに身を包んだ男はワンだった。
「これでようやくあの『蛇』を追い出すことができたわけだ。
……その副産物とやらは追々対処するとしよう……」
「あらっ。私はあの子、気に入ってたわよ?野心家だし、実力もそこそこあったしね?
そんなに人を邪険にすると、聖剣士の名が泣くわよ!?」
「はっ!どうでもいいわい。おい聖剣士!お前はどう思うんだ?
あの女が最後に残していったその副産物。『ドラゴン』についてなっ!」
「……今のところ、害がなければ放るしかないだろう。我々にとって不益なことがあれば、もちろん消し去るしかないがなっ!」
ワンは3人の話を黙って聴いていた。
「ワンよ。お前はこれからどうするのだ?『紅蓮魔道会』を再建するのか?」
「……今後、『紅蓮魔道会』の存続は新しいマスターが執り行うことになっています」
「ほう?」
ワンの背後から一人の少女が姿を現す。
「ようっ!4強っ。……あ、今は3強だったかな?
どっちでもいいか……とりあえず『紅蓮魔道会』は今回の件で四天王から格下げされちゃったしネっ!!」
「なっ……リズナブリット!!」
その場にいた3人が驚く。無理もない、彼女はすでにこのゲームから存在を抹消されていたのだ。
「ノンノンっ。私は『Rizu』。ちゃんと表記が変わってんでしょうヨ!」
「お前……デュアルアカウント保持者だったのか?」
「あい。ちなみにこっちがメインねっ」
『!?』
その場にいた3人だけでなくワンも知らなかったらしく、4人全員が驚いた。
「まぁ、これで四天王の椅子が1つ空いたわけなんだけど、私から1人推薦させて欲しいのう。」
『?』
「うちを倒してくれたあの『青天木馬』。そこの新大将をなっ――」
◆
「えぇっ!私が大将!?」
「あぁ。俺の仕事は終わった。これからは自分の息子を探す旅に出るつもりだっ!
『青天木馬』副大将のお前なら安心して任せられるっ」
「いや……でもっ」
「いいじゃないですかっ。ユウナ様が大将ならだれも文句はありませんよっ」
隣にいたラインが太鼓判を押す。
『青天木馬』の大将は、ラインに告げた
「何を言ってるんだ、ライン。お前は副大将だぞっ!?」
「え゛っ」
突然の提案にラインは面を喰らった。
「よしっ。ラインくんが副大将やるなら、私も大将やるぅ」
「……ユウナ様。俺を陥れて楽しんでません?」
ラインは苦笑いになると、渋々同意した。
「やった。これからもよろしくねっ!ラインくん」
「はい。よろしくお願いします。ユウナ様っ」
ユウナは唇を尖らせてむくれた。
「大将に唯一対抗できる副大将が『様』付けはまずいでしょ!?
部下に示しがつかないよ?」
「ユウナ様だって、俺のことを『くん』付けじゃないですか」
「ははっ。たしかに!」
2人は見つめ合うと、自然に笑いあった。
「ライン!これからもよろしくねっ」
「ユウナ!これからもよろしくおね……じゃなくて、よろしくなっ!」
2人はもう1度笑いあうと手をあげ、強く握りあった。
1章 完
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