1章13話

 ソラは巨大なハンマーを振り回すと、避け続けるワンを追い詰めて行った。相手のすぐ後ろに壁、もう逃げる場所はない。彼は止めと言わんばかりに鉄槌の一撃を振り翳した。
 だが、ワンはソラの懐に潜ると、強烈な掌打を腹部に押し付けてきた。
 体格の良い空の体が宙に浮きあがると、10メートル程後方へ押し飛ばされる。
 浮き上がったソラの下を潜り込んで、カオルが攻撃に転じた。
 彼女の高速ラッシュがワンに襲い掛かる。しかし、それすらも難なく受け流したワンは、足を大きく上にあげた。カオルはとっさに顔を覆うようにしたガードする態勢に入ったが、ワンの蹴りはフェイントだった。顔面に向けた蹴りのモーションを途中停止させると、彼女の無防備な腹部へと前蹴りを見舞う。予想外の攻撃をまともに喰らった彼女は、悶絶して前のめりに倒れた。

「ふたり掛かりでこの程度だからお前らは弱者なんだっ」
 
 ワンが地面に這いつくばる2人を罵倒する。
――くそっ。悔しいけど、強ぇ。
 膝をついて起き上がるソラは、目の前の黒スーツを睨んだ。

「そろそろ止めを刺してやろう!」
 そう言ったワンの右手に細く長い槍が出現する。
「これが俺の武器。『ロンギヌスの槍』だ」
 彼は槍の刃が付いていない側で倒れていたカオルを押し上げると、彼女の胸元目がけて渾身の一突きを放った。

「ぐあああああっ」
 思わず目を瞑ったカオルが、まぶたをゆっくりと開ける。そこには彼女を庇うように敵との間に割って入ったソラの姿があった。彼の右わき腹辺りに槍の先端が突き抜けている。
「あんた。なに恰好つけてんのよ……」
 そう言った彼女は、彼のHPバーを確認する。大きく削り取られた彼のHPバーはほとんどゼロに等しい。
 ワンは串刺しにした獲物から槍を引き抜くと、静かに笑った。
「まずは一人、これで終わりだっ!」
 彼は止めの一撃を放った。

 槍の先端がソラの顔面を目がけて最短距離で迫る。彼の眼にはすべてがスローモーションだった。彼の目に飛び込んできたのは、その刃先に写ったラインの顔だった。
「ぬああああっ」
 横から雄叫びをあげて走ってきた彼は、手にしていた大剣を突き出すとワンの槍をはじき出した。手元が狂ったワンの槍がソラのすぐ脇を霞めていった。
 幸い、残り少ない彼のHPを削るほどのダメージは与えられていない。

「待たせたなっ!そっちの敵は粗方殲滅したぞ!!」
 ラインが大剣『ドラゴン・スレイヤー』を構えて告げた。
「最初に言ったはずだ。弱者が何人倒されようが興味がない、とな」
 ようやく好敵手に巡り合えたワンは、そう言うと槍を構え直した。
「さぁ。そちらの幹部クラスの実力。見せてもらおうかっ!」
 ワンは『狼』特有の蒼い瞳をギラつかせて冷笑した。

 アキラとオボロの闘いは白熱していた。互いに一歩も引かず、剣と刀あるいは、刀と銃をぶつけ合う。
 超高速で振り翳したアキラの剣をオボロの刀が受け止める。そしてオボロはもう一本の刀で切り付けるが、アキラはそれを銃の側面で受け止める。
 そういったやり取りを繰り返す2人。だが、唐突にオボロが左手にした刀を地面に放ると、両手で強い一太刀を浴びせてきた。アキラは剣でその攻撃を受け止めようとしたが、力で押し戻される。
 アキラの剣は刀と違い両刃である。アキラに向かって自分の剣が襲いかかってきたのだ。
 反射的に左手に持った『ソード・フィッシュ』で自分の剣を押しとめる。さらにオボロは、アキラの剣を押しだす自分の刀に肩を当てると、体重をかけて突き進もうとする。
 両手で受け止めているアキラの剣が少しずつ彼の顔へと迫る。
「ぐっ」
 顔を傾けたアキラの肩に自分の剣が食い込んでいく。
 少しずつ、彼のHPは削り取られていった。
――このままじゃ……やられるっ!
 歯を食いしばって持ちこたえようとするアキラ、彼に向かってユウナが叫ぶ。
「アキラっ。さっさと終わらせるんでしょ?」
「!?」
――そうだ。こんなところで、負けてらんねぇっ

 アキラは『ソード・フィッシュ』の引き金を引いた。その銃口はあさっての方向を向いていたが、衝撃で彼の体を反対方向へと弾き飛ばした。
 後ろへと転がったアキラは、オボロの一撃を回避したのだった。
「っち」
 オボロが苦い舌打ちする。

 起き上がったアキラが再び剣を構えた。
 そして、左手の銃を後方へと向けるような態勢をとった彼は、目の前の強敵に向かって叫んだ。
「あんたは俺より強ぇっ!……だから、裏ワザを使わせてもらうぜっ」
「?」
 アキラは膝を少し曲げ、そして強く押し出した。彼の体が前へと突き動かされる。
「うおおおおおおおっ!」
 雄叫びをあげて走り出すアキラ。
 対するオボロはその場を動かず、迎え撃つ態勢を取った。
「――うおおおおおおらぁっ」
 彼の掛け声と同時に、後ろに向けた『ソード・フィッシュ』のトリガーを引く。
 後方へ発砲したその衝撃で、アキラの体がぐんと加速する。
「ぬんっ!」

 二人の剣が同時に振り抜かれ、交差した――

「ぐあっ」
 悲痛の叫び声をあげて地面を転がったのはアキラだった。すぐそばに切り落とされた彼の右腕が転がる。
 片腕になったアキラは、顔を歪めながら振り返った。
 そこには仁王立ちのオボロがいた。
「――見事っ」
 そう短くつぶやいた彼の胸には、アキラの『ルーセント・エラゴン』が根元まで深く突き刺さっている。
「鉄砲の反動を利用して加速するとは……な」

 最後の一撃、アキラ渾身の突きが先にオボロを貫いていた。しかし、オボロの切り翳した一撃は、突き出したままの右手を切り落としたのであった。
 オボロの体から死亡フラグを表す緑のエフェクトが生じ始めた。
「最後に拙者を勝る強者に会えたこと、嬉しく思うぞっ!」
 彼はそう言って初めて笑みを零す。アキラも苦笑交じりの笑みを浮かべ返した。

 だが、突然笑ったオボロの顔が地面にずり落ちた。
「っ!?」
「きゃはっ。見事、最後に強者に会えてうれしい、ですって?ばっかなんじゃないの?」
 突然そこに現れたのは、『紅蓮魔道会』頂点の女。

 先程までオフラインだったはずのマオ・リンは、たった今オンラインとなる。
 邪悪な笑みを浮かべた彼女は、地面に転がるオボロを見下ろして告げた。
「オボロっ。アンタは私に負けてここに入ったはずでしょ?なに生まれて初めて負けたみたいなホラ吹いてんのよっ」
「貴様には実力で負けたわけではない。その能力に敗北しただけだっ!」
「はんっ。どっちも同じ。それにどうでもいいことね」
 彼女は残酷な視線をアキラの方へと移す。まだ彼女の瞳が『蛇』特有の黄色になっていなかったが、思わず目を逸らしたくなる。
「アンタ。オボロに勝ったくらいでいい気になってんじゃないわよ?
 剣を無くした剣士なんて、役立たずもいいところねっ」
 彼女はそう言うと、オボロの胸に刺さったままの『ルーセント・エラゴン』の柄を踏みつけた。

「おまえ。腐ってやがるなっ」
「ん?なに?文句があるのかしらねぇ。
 クソガキが一端なこと抜かしてんじゃないよ!戦争なんて勝てばいいんだっ。」
 ドスの効いた声でそう告げると、突然彼女の周囲から粉じんが撒きあがった。
 マオ・リンの周囲5メートルのタイルが粉々に砕け散ったのだ。
 彼女の傍で倒れていたオボロの体も傷つき、そして弾き飛ばされた。

 アキラにも何が起こったのか見極めることができなかった。
 ただ、彼女の両手に短い棒状の何かが握られているのは分かる。それは剣の柄のようにも見えるのだが、それで床を壊したとは思えない。
 
 彼女はまるで目に見えない刃でも付いているかのようにその柄を振り上げると、アキラの方に振り翳す。
 するとなにかが飛び出してきたのだ。それは地面を切り裂きながらアキラの方へと向かってきている。
 突然のことに、彼は身動きを取ることができなかった。
「私の『スネーク・ウィップ』の切れ味、とくとご堪能あれっ!」
 彼女は笑みを浮かべる。

「そんなこと……させると思うっ!?」
 ユウナがアキラとマオリンの間に割り込んできた。彼女は一直線に向かってきたなにかを剣で叩き落としたのだ。
「っち。てっきりお前はマスコット要因かと思ったのに……良いだろう。お前も殺してやる!」
 そう言ったマオ・リンは、両手の柄をこちらに見せてきた。
 そこから薄っぺらい撓る刃物でできた鞭が出現する。その先端には蛇の頭部が拵えられている。その蛇は、まるで生き物かのように刃物の体をうねらせていた。
「なんだよ……あれっ」
 アキラの驚くさまを見て、マオは満面の笑みを零した。
「この『スネーク・ウィップ』。ただの鞭じゃぁないよ!
 先端に付いた蛇の牙はもちろん、刃部分に至るまで全部に毒効果が追加されてんの。
 こいつに触れるだけで、HPバーがゼロになるまで削り落とされる。
 この強力な毒から回復するには、私が持っている解毒剤。もしくは私を殺すしかないのさっ!」
 彼女は小瓶に入った紫色の液体をこちらに見せながら説明する。
「ちなみにこの解毒剤は一つ。お前ら2人が毒に侵されたら、助かるのは1人だけってことさっ。もっとも、『血約の証』と交換だけどねっ」
 下品な高笑いをしたマオをアキラが睨む。
「へっ。アンタを倒せば毒の作用はなくなるんだろっ!だったらそんなの関係ないさ!!」
「馬鹿だねぇっ。そんなこと、不可能だから言ってるに決まってるだろう
 あと、この毒には麻痺効果もあるから、楽しみにしてるんだねっ」
 
 突然、待ちきれないと言わんばかりに、ユウナが一人で走り出した。
「おい、ユウナっ!一人で先走るんじゃねぇっ」
 アキラの忠告を無視して彼女は突き進んでいった。
 そこでペナルティから回復したアキラの右腕が復活する。
 彼もユウナに続いて走り出そうとしたその時。
「少年っ。剣を取れっ!」
 オボロの叫び声と共に、彼に向かって『ルーセント・エラゴン』が飛んできた。
 彼に剣を投げてきた張本人は、すでに姿が見えなくなっていた。
 アキラはその剣を受け取ると、見えなくなった彼に感謝の言葉をつぶやいた。
「さんきゅっ。オボロ!
 アンタとの闘い。楽しかったぜ!」
 
 アキラはオボロのいた場所から再び前に向き直った。だが、そこにはユウナの背中がある。
「うおっ」
 ユウナがアキラに激突してきたのだ。
「痛てて……ユウナっ!無事か?」
「これしき、どうってことない!」
 彼女はそう言って起き上がった。その背中からでも彼女が怒っているのが分かる。
「アキラ。あの女を倒せば、全てが解決するのよ?その敵を前に悠長なこと言ってらんないわ!
 あの女の毒攻撃にびびってたら負け。長期決戦はこちらが不利になるわ」
 彼女の言う通り、長い闘いになればなるほど毒を貰いやすくなるのは確かだったが、そう言ったユウナの言動は、普段の穏やかな彼女ではなかった。そこにいるのは一人の女戦士。『青天木馬』の副大将としての表情になっていた。

「オーケー。じゃあサクッとラスボス退治に励みますかっ!」
 アキラとユウナ二人は並んで剣を構えた――

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