1章12話

中国都市『シャンハイ』の某所、36名の戦士たちが降り立った。
 相変わらずも豪華な邸宅を前に、彼らは立ち止まった。
 建物の中は大騒ぎになっていることだろう。大将不在のこの時に、敵の大群が押し寄せたのだから……

「皆。よくついてきてくれたわね。最後にはみんなで笑って帰りましょう!」
 ユウナがそう言うと、アキラたち35名は一斉に頷いた。
「行こう」
 アキラの掛け声とともに、彼らは一斉に門の向こうへと押し寄せて行った。

 中に入るとひたすら長い廊下にたどり着く。
 ユウナは苦い記憶を呼び覚ましたのか、歩みを止めた。そんな彼女の背中をそっと優しく押すアキラ。
「大丈夫だ。俺が死んでもお前を守ってやる!」
 彼女は笑みを漏らすと、再び前を向いた。

 以前と同じ長い廊下だが、前回とは決定的に違うことがある。それは敵兵たちの様子だ。
 前回は迎え撃つ準備万端で、柱の陰に身を隠していた彼らだったが、今は慌てふためいて右往左往していた。
 主不在の屋敷を守るべく、身を盾にして先へ行かせないようにしている彼らだったが、アキラたち36名の先鋭たちに効果は少ない。恰好の的だった。

 不意に、ソラが叫んだ。
「アキラっ。ここは俺達に任せろ。お前とユウナは先に行ってくれ!」
「おう。まかせたっ!」
 アキラは一度だけ彼らの方を振り返ると、ユウナの手を掴んで走り出した。

 2人の行方を遮ろうと5名の敵兵が立ちはだかったが、一瞬でアキラになぎ倒される。
 そして二人は、屋敷の最深部へと突き進んでいった。

「おらぁ。ぶっとべぇっ!」
 ソラは身の丈程ある巨大なハンマーを片手に、次々と敵兵をなぎ倒していった。
「アキラにここは任されたんだっ。俺が一番敵を撃沈させてやるぜっ!」
 
 意気揚々と敵の大群に突っ込んでいくソラ。彼は1撃で6人もの敵兵を薙ぎ払った。
「あの、ばかっ!」
 それを見ていたカオルはため息をつくと、傍にいた敵兵の胸倉を掴んでそのまま投げ飛ばした。
 彼女の武器は両腕に装着された金属製の籠手。ナックル部分に鉄板が入っている。幼いころから空手をやっていた彼女は格闘スキルのみにすべてを注いできた。
 そして彼女は全速力で走り出すと、傍にあった壁を駆け上がった。さらに着地と同時に、空の背後に忍び寄っていた敵兵に蹴りを放った。
「おうっ。さんきゅう」
 ソラが感謝すると、カオルは鼻を鳴らしてさらに近くにいた別兵に6連コンボを決めた。
「さすがはメス『ゴリラ』だなっ!」
「なんですってぇ?こんなかわいこちゃん捕まえて、何が『ゴリラ』よ」
「『ゴリラ』はお前が選択したんだろっ」
 ソラはそう言って彼女をからかうと、負けじとハンマーを振り翳す。
 カオルは人と『ゴリラ』の混血種。武道家の彼女には、腕力の高いこの種族がぴったりだった。そして同じくパワー系のソラは、全種族の中で最もパワーのある人と『サイ』の混血種だ。

 そんな活躍する2人から少し離れたところで、銃を構えた敵兵がいた。
「やっべぇ!カオルっ。あぶねぇぞ」
 ソラが身を挺して彼女と銃を構えた敵兵との間に割って入った。彼は撃たれるのを覚悟して目を瞑る。

 4発の銃声が響いた。
 ソラが恐る恐る目を開く。まず自分のHPを確認した。ダメージは受けていない。
まさか、カオルが?と、彼はすぐさま後ろを振り返る。すると彼女はけろりとした顔でこちらを見ていた。その口元からはピンクの舌が出ている。
「ばーかっ!あんたに助けてもらわなくても躱せたわよ。それから、リンナに感謝することね!」
 カオルにそう言われ、再び敵兵の方へと振り返るとそこには死亡フラグを表す緑の光に包まれ、ノックアウト状態になった敵兵がいた。
 どうやら、そこからさらに離れたところにいる小柄な少女が彼を助けてくれたらしい。

 リンナは両腕を前に突き出すような態勢のまま、ソラとカオルの無事を確認して安堵していた。その両手は煙で包まれている。
 煙が晴れると、その小さな両手から4つもの拳銃が姿を現す。上下逆様の銃を2丁ずつ、両手に持った彼女は、HBOで2人といない4丁拳銃の使い手なのだ。
 『青天木馬』のナンバーワンガンナー。少しタイプは違うが、和製リズナブリットといったところか。
 彼女は人差し指と小指で2丁のトリガーを引くと、辺り一帯の敵兵を次々に撃ち落していく。
「消え失せろっ。ゴミ虫がっ!」
「あいかわらず、リンナは戦闘になると人が変わるなっ。おれもあいつを怒らせないようにしよう」
 普段は控えめの少女だが、銃を持つと人が変わったように乱暴になるリンナ。彼女の本性を知ったのは、ゲームセンターに行った時だ。ガンシューティングゲームをソラがプレイしていると、彼の隣にちょこちょことやってきたリンナが2Pとして参加してきたのだ。そして、今のような暴言を吐くと、あっという間に的を撃破していく。先にプレイしていたソラは立場がなかった……という逸話を持つ少女。

他の仲間たちも次々と敵を殲滅していく。
そして何よりも、一番目立っていたのはラインだった。
 ソラの巨大なハンマーと引け劣らない大剣を振り翳した彼は、面白いように敵を薙ぎ払っていく。彼の手にあるその大剣は、かつてドラゴンを殺すために作られた秘剣『ドラゴン・スレイヤー』だったのだ。
「ひゅぅ〜。あいつ強かったんだ。『副大将補佐』の役は伊達じゃなかったんだな……」
「あたり前だ。僕を君みたいに目立ちたがりの人間と一緒にしないでくれっ」
 口笛を吹いたソラは「おみそれしました」と言って彼を認める。
 
圧倒的火力で知己を薙ぎ払っていく『青天木馬』のメンバーたち。彼らは戦場を優位に運んで行った。
 だが、『紅蓮魔道会』だって負けてはいなかった。
 ソラたちよりも少し奥で闘っていた8名の兵士たちが突然派手に吹き飛ばされていく。彼らは1撃で死亡フラグがたっていた。

「そんなに甘くはねぇよな?いよいよ敵の大将クラスの登場だっ」
 ソラがそうおどけて見せたが、顔は笑っていなかった。同じくそばにいたカオルとリンナ、それにラインにも緊張が走る。

 弾き飛ばされた仲間たちの中から1人の男が姿を現した。黒いスーツを着た如何にもインテリそうな男。だが、そんな彼から発せられる独特のオーラは、獣じみたモノだった。
 『紅蓮魔道会』幹部であるワン・ツィーは、普段と変わらぬ態度で傷ついて倒れた仲間の兵を踏みつけながら近づいてくる。
「おいっ!目が悪いのかっ!?
 そこにはお前の仲間が倒れてんだろうが!」
「弱者に用はない。そこに強者がいるから参上しただけだっ」
 そう言ってワンが見据える先にはソラではなく、ラインの姿があった。
「俺をご所望とはなかなか見る目があるなっあんた。」
「ふざけんなっ。ここにもっと強い俺様がいるだろうよっ!」
 ラインの言葉にソラが盾突いた。
 そして、傍にいたカオルも毒ずく。

「あたしをソラと同じ弱者扱いとはえらくなめられたものねっ」
「おいっ!」
 言い返そうとしたソラを置き去りにした彼女は、一人で敵の前へと飛び掛かって行った。
 彼女の両手両足から繰り出される8連コンビネーション。ワンはそれを素手で軽々とさばいていった。なおも食い下がる彼女。ソラはそのあまりの華麗さに、普段の嫌味をぶつけるのも忘れて見とれていた。

「はああああああ」
 腹の底から闘気を吐き出した彼女は、さらに16連撃、32連撃とコンボを繋げていく。
 だが、ワンは憎たらしいほどに完璧なディフェンスでそれを難なく叩き落していった。
 それだけではない。彼女の時折見せる隙を狙って、確実にヒットさせていたのだ。
 少しずつ、彼女のHPが削り落とされていく。その顔にもダメージが現れていた。
「くそっ。女の顔を殴るとは、許せんやつだ」
 そう怒りをあらわにするソラだったが、彼が手を貸すような次元ではなかった。
 猛スピードで繰り出される2人の散打に、スピードを持たない彼が入っていくような隙は見当たらなかったのだ。

 2人の激しい攻防が続く。だが、カオルから吐き出された闘気は次第に薄れていった。
 このままではやられると判断した彼女は相手の奇を狙った力技の飛び蹴りを見舞る。高く飛び上がった撃ち降ろしぎみの蹴りをワンは左腕1本で受け止めた。強烈な一撃で緑のエフェクトが巻き上がったが、ワンの体は一切ぶれない。
 そればかりか、彼は空いた右手の先を鋭く尖らせると、カオルの胸を貫かんと突き出す。
 彼女の胸の僅か数センチまで迫ったその右手が、そこで止まると一気に後ろに下がった。
 驚いて目を見開いた彼女の前を、突き上げられた巨大なハンマーが空を切る。

 そこには普段は見せない真面目な表情のソラがいた。
「おいっ。俺の……俺の前でこいつに触れんじゃねぇよっ!!」
「はっ?」
 カオルは突拍子もないことを言いだした彼の後姿を見た。後ろから見えるざんぐり頭の横から覗いた耳元が赤いのを確認した彼女は、自然に頬を赤らめた。

 ユウナの前を走るアキラ。仲間を置いて先に進んだ2人だったが、彼らは理解していた。
 残してきた仲間たちの想いを。

 最初は時間枷ぎが目的だった2人だが、今はもう違う。

最大規模を誇る『紅蓮魔道会』。その数十分の一に満たない34名の戦士たちに勝利はないだろう。彼ら2人に『青天木馬』の『勝利』を託したのだ。
 彼らが命がけで繋げてくれた想い。それを無に返すわけにはいかなかった。

 そんな思いで走り続けたアキラは、突然立ち止まった。
 2人の前に立ちはだかった何人もの敵兵を粉砕してここまできた彼らだったが、ここにきて最大の宿敵が姿を現したのである。
 『紅蓮魔道会』幹部にして日本の侍である≪オボロ≫。腰に据えられた2本の刀、双剣の剣士が彼らの行く手を阻んだのだ。

「ひさしぶりだな。小僧」
「約束通り、アンタを後悔させに来たぜっ!」
 アキラは左手で『ルーセント・エラゴン』の柄を掴むと、それに右手を添えて構えた。
「ユウナ。こいつは俺の決闘だ。すぐに終わらせるから、そこで見ていてくれっ」
 一瞬、心配そうな表情を見せたユウナは、すぐさま一点の曇りのない表情に戻ると、1度だけ頷いて後方へさがった。
「あいかわらず、口だけは達者だな。少しは拙者を苦戦させてくれると言うのか?」
「ああ。前の俺とは全然違う。この剣があるし――」
 アキラは剣に添えられた右手の関節を鳴らす。
「それに、傍にはユウナがいてくれるからなっ!前の100倍は強いはずだぜっ!!」
「……よかろう」
 オボロは、まずは試しだと言わんばかりに1本だけ刀を抜くと、自身の前に構えた。
「いきなり二刀流で行かなかったことを後悔するなよ!」
 アキラは添えた右手で剣を抜くのと同時に走り出した。
 
 体が嘘のように軽い。剣の性能によるものなのか、前回と気持ちが違うからなのかわからなかったが、アキラは自分の体が超絶的な速度に達していくのを客観的に感じていた。
 オボロも彼の剣速についてくる。しかし、全ての動きをアキラは予想することができた。
 激しくぶつかり合う2本の剣。激突するたびに火花を散らしては消えを繰り返している。

 不意にアキラが強く前に押し出すように剣を突き出した。オボロがわずかに後方へと下がる。
 それを見たアキラは、手首を捻って変則的な軌道で切り出した。
 オボロはとっさに刀で受け止めたが、その刀が大きくはじき出される。
 すばやく、オボロの脇に潜り込むように移動したアキラは横凪に剣を振るった。

 2人の動きがそこで止まる。
 あさっての方向に刀を弾かれたオボロは、左手でもう一つ腰に差した刀を引き抜くと、アキラの太刀を受け止めていた。

「――ついに。抜いたなっ!?」
「なるほど。確かに以前とは別人だ。……良いだろう。本気で殺してやるっ!」

 2人は互いに距離を取る。
オボロが双剣を構え直すのに対し、アキラは着用していたコートの裾をめくりあげた。
 コートの裾が元の位置に戻ると、アキラの左手にシルバーの銃――『ソード・フィッシュ』が握られていた。

「さぁ。ここからが本当の勝負だ!」

 アキラとオボロの様子を間近で見ていたユウナは、自然に両手を組み合わせて祈っていた。

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