1章11話

 『アキバ・シティ』にログインしたアキラは、久しぶりのHBOの世界をゆっくりと満喫することなく、すぐに腕時計型のディスプレイを操作し始めた。
 まず、第一に3Dマップを表示すると、近くに不審なプレイヤーがいないことを確認する。
 そして次に、アイテムボックスの一覧を表示し、目当ての『血約の証』が存在することを確かめた。
 最後に、回復用のポーションの残量を確認した彼だったが、そこで肝心なことを思い出した。

 アキラは自分の腰に指した愛剣を鞘から取り出す。しかし、その剣は半分程の長さしかない。あの日、≪オボロ≫によってへし折られたままだったのだ。
 
「どっかで、剣を探さないとだな……」

 アキラは少し考えると、近くのテレポートサークルへと入って行った。そして、表示されたメニューから廃墟都市『シエスタ』をタップした。

 以前、アキラが戦利品を売りつけた武器商人ライオットの店に立ち寄る。あのNPCとは思えないおせっかい男なら、きっと何か良い剣を持っている気がしたからだ。
 それに、アキラに『ソード・フィッシュ』の撃ち方を教えてもらった恩もある。

「よう。ダンナっ。久しぶりにオンラインになったな……」
 相も変わらず陽気な声で出迎えられたアキラは、眉をひそめると彼に尋ねた。
「あんた。なんでNPCのくせに、いちいち俺がオンラインかどうか知ってるんだ?」
「そりゃあ。お得意さんの情報は逐一確認しているもんさ」
 アキラは「ふ〜ん」と気のない返事をすると、さっそく肝心の本題へと入っていった。
 すでに、集合の21時50分まで30分を切っている。あまり長話をしている余裕はない。

「この店で、一番良い剣を売ってくれっ!」
 唐突にアキラがそう言うと、店主は少し考えるような素振りをし始めた。
「悪いんだが時間がない。もったいぶらないでいいから――」
 彼を急かしながらアキラは、店の中を見回していた。そこに1本の剣を発見する。
「『エンシェント・ソード』か……」
 壁に飾られた1本の剣を取り出すと、彼は食入るように刃部分を眺めた。
 磨き抜かれた刃先は、店内の照明に反射して光沢のある輝きを放っていた。

「さすがに、良い目をしているな。だが、その剣ではマオ・リンは倒せないぞ?」
 店主は含みのある笑みを漏らした。
「?なんで、アンタがマオ・リンのことを知っているんだよ?」
「気にするな……そう言う噂はよく耳に入ってくるんだ」
 そう言ったライオットは、店の奥へと姿を消す。

 軽く剣を振って調子を確認していたアキラに、背後から呼び止められた。
「『エンシェント・ソード』は、軽いうえに破壊力もある。だが、軽量化している分耐久力が低い。
――それよりも、こっちのほうがお前さんには適しているだろうよ」
 ライオットは、木製の大箱を手に店の奥から姿を現した。

「これがうちの最高級品。『ルーセント・エラゴン』だ」
「『ルーセント・エラゴン』?」
「そうだ。『クインズ・ソード』『聖剣エクスカリバー』『ルーセント・エラゴン』の3大宝剣のうちの一つだよ」
 
 ライオットは箱から布に巻かれた剣を取り出すと、アキラに渡す。
 受け取ったアキラは、その布を取り外すと、黒と金で装飾された鞘を眺めた。

「デザインは気に入った。性能は?」
「文句なし、さ。ドラゴンを狩るための剣、『ドラゴンスレイヤー』と同等の耐久力。『クインズ・ソード』並みの軽さ、そして『エクスカリバー』以上の破壊力。
 中剣サイズの中では、間違いなく最強の剣だなっ!」
「して、お値段は?」

 アキラが茶化すように値段を尋ねた。
「時間がないんだろ?わかってると思うが、びた一文まける気はないぞっ!」
「っ。で、いくらなんだよ?」
「300万HBP!」
「300万っ!?」
 『リアル・マネー・トレード』が可能なHBOの世界で、その通貨であるHBP。
 日本円は、HBPの約10分の1。すなわち、300万HBPは30万円と同等の価値だということだ。

「おいおい。剣一つに30万円も払えるかよ……」
「別に足元を見てるわけじゃないぞ?世界に3つしかない宝剣を譲ってやると言っているんだ。値段なんてつけられる代物じゃないんだぞ?」
「くっ」

 アキラは自分のアイテムボックスを開く。そこに表示されたHBPは120万HBP。
 日本円で12万円にもなる所持金をもっているプレーヤーなど、そうそういるものではない。
 しかし、『ルーセント・エラゴン』は300万HBP。残り180万HBPも足りなかった。

 今所持しているアイテムを全部売ってもそこまではいかないだろう。ましてや、回復アイテムを購入する分も必要なのだ。
 アキラは、右手にある『ルーセント・エラゴン』と左手にある『エンシェント・ソード』を見比べた。
 『エンシェント・ソード』も十分な価値のある剣である。それですら80万HBPはするのだろう。だが、やはり『ルーセント・エラゴン』と見比べてしまうと、先程の輝きが嘘のように色あせて見えてしまう。
 アキラはもう一度、アイテムボックスを睨んだ。

――なにか、なにか高値で売れるものはないのか……
 
 そして彼は、1つのアイテムをに目がいく。そのアイテムは『土地の権利書』だった。
 以前、ユウナと言った遊園都市『ウォーター・バーグ』の湖で購入したログハウスの権利書である。
 ユウナには内緒にしていたが、この土地はかなりの値がしていたのだ。
 金額にすると200万HBP。それにアキラの所持金を足すと、320万HBPとなる。
 ただし、購入した時点での地価である。
 
「なぁ。あんた、『ウォーター・バーグ』の一等地に住みたくはないか?」
「ん?まぁ、あそこは高級別荘地だからな……一度は行ってみたいものだね」

 彼の言葉を聴いたアキラは名残惜しそうにそのアイテムを見つめると、ライオットに差し出した。

――ユウナとの思い出は、また作ればいい。
 あいつと一緒なら、どんなボロアパートでだって楽しいさっ

 時刻は21時48分。
 アキラたち6人は、『青天木馬』の本拠地に集合していた。
 あと2分もすれば、ユウナが用意してくれたテレポートアイテムで、敵の本拠地へと移動するなり、奇襲をかける予定だ。

 ユウナ、ソラ、カオル、リンナ、ラインの5人は、一度『紅蓮魔道会』と戦争をしている。ただし、前回は100名の部下を引き連れて、しかも惨敗という結果だった。
今回はその部下たちもいない。たった6人で、100人がかりで倒せなかった相手に立ち向かっていくのだ。

 彼らに勝ち目はない。目的はただ一つ。
 アキラの父親たちが、マオ・リンの居場所を特定するまでの時間稼ぎだ。
 その時間稼ぎですら、達成するのは難しいだろう。

 そして、決戦の時間である21時50分を迎えた。
 ユウナはアイテムボックスからテレポートアイテムを取り出すと、その場にいる5人の顔を見渡す。
「準備はいいっ!?みんなで力を合わせて戦うのよ!」
「……それをお前が言うか?」
 ソラはユウナを茶化すと、アキラの方に向き直った。
「まぁ。今回はアキラがいるんだ。いざとなったらお前ら2人だけでも先に行けよ」
 さらに、ラインがアキラに物申す。
「お前にユウナ様を守る役目を託す。どんなことがあっても彼女を守れ」
 アキラは無言で頷いた。

 ユウナが手にしたアイテムを地面に投げると、目的地までの扉が開く。
 6人は無言で頷くと、その中へと足を踏み入れようとした。

「待ってください!」
「?」
 6人が一斉に振り向くと、そこには『青天木馬』のメンバーが姿を見せた。
「お前達。どうして……」
 ユウナは感動で言葉を詰まらせているようだ。
 その場に姿を見せた30名のメンバーが続々と6人の元に集まってくる。
「俺達もこのまま負けて終わる気はねぇんすよ。副大将っ」
 その中の一人がそう言うと、全員が唸り声をあげる。

「そう……そうね。勝ちましょう!『青天木馬』として、『紅蓮魔道会』にっ!」
 36名の勇敢な戦士たちが、緑の光を放つテレポート空間へと入って行った。

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