1章1話

――銃声鳴り響く高級ホテルのラウンジ。
『受付』と中国語で書かれたフロントカウンターの奥にひっそりと息を潜める一人の少年。
遠くから複数人の足音が響き渡る――

大理石調の煌びやかな床に泥塗れの厚底ブーツで踏み入る男たち――彼らは規律正しく横一列に並ぶと、少年の居るフロントを取り囲んだ。緑の迷彩着を着用し、その手にはアサルトライフルが握られている。

「っち。完全に周囲を固められちまったな……」

軍隊の恰好をした彼らだったが、すでに常人の体とは言い難い。迷彩服の胸元は破れ、そこから赤紫色に変色した筋肉が盛り上がって見える。口元からは獣臭とともに鋭い牙。
まさしくモンスターだった。人と獣の混血種である彼らは、獣とのハイブリッドにより常人では考えられない能力と獰猛さを兼ね備えた怪物だった。

少年は屈んだ態勢のまま、左腕に装着された腕時計型ディスプレイに顔を向けた。3Dで立体的に表示された建物の見取り図が浮かびあがる。
その中心に表示された青いマークを囲むように赤い点が12個表示され、それとは別に緑色のマークがその下――つまり今彼の居るフロアの下に位置している。

少年がその緑マークに指先で触れると新しいウィンドウがポップアップで出現する。そこには緑色の髪を2つに分けたツインテールの少女が映し出された。

「リズ。地下駐車場にはたどり付けたのか?」
「あいヨ。今、地下のエレベーター前で待機中だヨ」
「なら丁度いい……エレベーターを1階と12階に設定して、無人で発進させてくれっ!」
腕時計型の装置に向かってそう告げると、少年は腰に装着された愛刀を抜く。

眩いくらいに明るく設定されたフロアの照明が彼の剣に反射すると、影になっていた少年の素顔が照らし出された。
特徴的な赤い瞳、やや長い茶色の毛を下ろした髪形の華奢な少年。

さらに全身は黒いマントに包まれている為、彼の色白な肌がシャープに映し出され、大人びた雰囲気を醸し出していた。
しかし彼の顔は見様によってはまだ、中学生だと言っても通用するような幼顔にも見える。

そうこうしている間にエレベーターのチャイムが鳴った。
甲高い。が、決して耳障りの悪くないお決まりの単音が部屋中に響く。
エレベーターの位置は、今少年が身を潜めているフロントカウンターの正面。武装した12人の兵士たちを挟んだ奥にある。その扉がゆっくりと左右に開くのと同時に、兵士たちは機敏な動きで『まわれ右』すると、一斉に照準を合わせた。

――完全に開き切ったエレベーターの内部には誰もいない――

突然、カウンターに身を乗り上げた少年は、開きっぱなしになっているエレベーターの入り口へと走り始めた。

「うおおおおおっ!」

少年はその赤い瞳をギラつかせると、唸り声をあげて駆け出した。彼が手にしている剣から赤のエフェクトが輝きを放つ。

少年とエレベーターの間を阻むように立っていた三人の兵士が彼に気づき、すぐさま振り返る。――だが、少年の方が早い。
剣を横向きに薙ぎ払うと、一瞬で三人を弾き飛ばした。ダメージを表す赤色の数値が、薙ぎ払われた兵士たちの頭上に浮き上がる。

 少年はその数値には目もくれず、そのまま疾走を続けた。その背中には、残り9名となった兵士たちが銃口を向けている。

ぱらぱらと小気味良いサブマシンガンの銃声が響くと、少年のすぐ脇にある透明なガラス製のオブジェクトを粉々に砕く。その破片を浴びつつも、かまわず走り続ける彼の右足に、1発の弾丸がめりこんだ。

「ぐあっ」

小さく息を漏らした少年はそのまま体をよろめかせ、地面を転がる。
――そのままエレベーターの中へ吸い込まれていく少年。
それを待っていたかのように、エレベーターの扉がゆっくりと閉まり始めた。

前回りの途中で壁に尻を預けた無様な格好のまま、彼はコートの内ポケットから一丁のハンドガンを取り出すと、がむしゃらに乱射する。

最初の一発だけ、敵のダメージを表す赤い数値が出現したが、それ以降は何も表示されない。そのままエレベーターの扉が完全に閉まりきるまでめちゃくちゃに撃ち尽くした。

少年を乗せたエレベーターがゆっくりと上昇し始める。ゆっくりと立ち上がった彼はようやくそこで安堵の声を漏らした。

「なんとか……エレベーター内にまでは入れたなっ!」
「アキは相変わらず銃がヘタッピだね!」
「ほっとけよっ」

アキと呼ばれた少年は、腕時計型のディスプレイに表示されっぱなしになっていた緑髪の少女をあしらうと、すぐに自分のHPバーを確認する。
緑色の横線が彼の生命力を表していた。そのHPバーは僅かに抉り取られ、全体の80%程になっている。

「リズ。今から上で囚われているお姫様を救出するっ!
もし、俺のHPバーが40%を切ったらミッション失敗だっ!
強制的に離脱するから、フォローを頼むぞ!」
「オーケイッ」

少年はリズとの通信を絶つと、エレベーターに表示された階数を睨む。
しかし再び女性の声が聴こえてくると、もう一度ディスプレイに目を移す。今度はリズとは別の女性の声で、淡々と情報だけを告げてきた。

≪プレイヤー アキラ 様。総プレー時間が3000時間を超えたことをお知らせします≫

その声は久しく聞いていなかった。
彼が初心者時代にシステムの解説をしてくれたシステムオペレーターだったのだ。ゲームシステムが作り出した合成音で、事務的に彼のプレー時間を祝福する。

少年はエレベーターの壁に背中を預けるとため息交じりで声を漏らした。
「俺がこの『ハイブリッドブラッドオンライン(HBO)』を始めてもう1年になるのか――」

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